ジハーディストの花嫁
中東・北アフリカから地中海を渡って欧州を目指すボートピープルは今年に入って既に10万人を突破した。昨年は約21万8000人がボートで地中海を渡ったが、航海途中で少なくとも3500人が死亡している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のグローバル・トレンズ・レポート(年間統計報告書)によると、昨年1年間で紛争や迫害を逃れ、家を追われた人の数は計5950万人。急増したのはシリア内戦が始まった2011年以降だ。国別の人口に当てはめてみると、イタリアの6100万人に次いで世界24番目に相当する規模の人数の大移動が起きている。
米中枢同時テロに続くアフガニスタン戦争、イラク戦争。世界金融危機、中東の民主化運動「アラブの春」、チュニジアとエジプトの独裁体制崩壊、リビアとシリア、イエメンの内戦。グーグルアースで宇宙からリアルタイムで地球を俯瞰(ふかん)できたら、「無秩序」から「秩序」へ、「混乱と殺戮(さつりく)」から「安定と平穏」へと変化を求める人々の列、難民をぎっしり乗せた船、野営する集団が確認できるだろう。しかし、それとは逆の流れ、「安定と平穏」を捨て「混乱と殺戮」に身を投じる若者たちの動きをウォッチするのは難しい。自由と民主主義、豊かさを捨て、欧米諸国からイスラム系移民の若者がシリアやイラクに向かっている。英シンクタンク「戦略対話研究所」によると、その数約4000人。そのうち「ジハーディスト(聖戦主義者)の花嫁」と呼ばれる女性は550人だ。
メラニー・スミスさんとエリン・サルトマンさんは同研究所のパソコンでフェイスブックやツイッター、インスタグラム、タンブラー、Ask.fmのイスラム系女子のアカウントを追跡している。イスラム系女子の過激化を調査するためだ。残酷な映像を目にすることが多く、研究員の中には心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患ったメンバーもいる。サルトマンさん自身、殺害予告の脅しを受けたことがある。2月、ロンドンで暮らす15歳と16歳の少女3人がトルコ・イスタンブールに向かう旅客機に搭乗し、シリアに向かった。5月には、イングランド北部ブラッドフォードに住む3人の姉妹と9人の子供たちがイスラム教の巡礼のためサウジアラビアのメディナに向かった後、連絡を絶った。いずれも過激派組織「イスラム国」に参加したとみられる。
「イスラム国」はソーシャルメディアを通じてイスラム系女子をリクルートしている。心理学やIT(情報技術)の専門家が、不満を漏らすイスラム系女子を見つけて、巧みに近づいてくる。思春期の少女に対してはアイデンティティーを揺さぶり、またイケメン・ジハーディストから甘いメッセージを送り、成人女性には「イスラム国」では暮らし向きが良くなるとささやきかける。
「イスラム国」がイスラム系女子に目をつけたのは、リクルートに成功すればプロパガンダ効果が極めて大きいからだ。女子力を使えば同世代の女子や男子を吸い寄せることができる。国境に近いトルコの街を視察した英キングス・カレッジ・ロンドン過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)のネウマン所長によると、シリア反政府武装組織の「イスラム国」「ヌスラ戦線(アルカイダ系)」「シリア自由軍」の戦闘服を販売するショップがあり、断トツで一番人気なのは「イスラム国」だ。彼らは熾烈なリクルート合戦を展開している。何より結婚させて出産させれば次世代のジハーディストを再生産できる。だが、男子と同じようにジハーディストを志願する女子も少なくない。
スミスさんとサルトマンさんの研究では、ジハーディストの花嫁の年齢、居住地、宗教的背景をプロファイリングするのは不可能だという。ただ、男子と同じで、西洋文化の中で暮らすイスラム系移民のアイデンティティーに疑問を持ち、孤独感に苛まれている。イスラム社会は暴力的に迫害されているという感情を持っている。国際社会が迫害に対応していないことに対する怒り、悲しみ、フラストレーションを募らせているという共通項がある。
米国の研究によるとツイッターにおける「イスラム国」関連のサポーター4万6000アカウントのうち、4分の3はアラビア語での投稿だ。英語など西洋の言語に比べ、アラビア語でのツイートに関する分析はそれほど進んでいない。闇は深い。
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