撃たれた「表現の自由」―仏風刺週刊紙銃撃事件の衝撃
フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」やユダヤ系食料品店がテロリストに襲撃され、編集長や風刺画家、イスラム教徒の警官、ユダヤ教徒ら計17人が殺害された事件は欧州全体を激しく揺さぶっている。
イエメンに拠点を置くイスラム教スンニ派過激組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」や同「イスラム国」とのつながりが浮かび上がる。イラクやアフガニスタンから欧米の駐留部隊が次々と撤収しているにもかかわらず、イスラム系移民の過激化は加速している。
若かりしころ、国際的な過激イスラム主義組織のリーダーだったマアジッド・ナワズさんは、シンクタンク「キリアム」をロンドンに共同設立し、イスラム過激派のイデオロギー解体に取り組んでいる。そのため過去5年間、服役中のイスラム過激派との面会を重ねてきた。
「彼らは既存の体制をひっくり返してカリフ(イスラム社会の最高指導者)が率いる国をつくろうとしている。イスラム国がその目標に近づいているので状況は悪くなっている」と深刻な表情を見せる。今回のテロは「欧州を混乱させ、最後は内戦状態に陥れるのが狙いだ」とナワズさん。2001年9月11日の米同時多発テロ以降、世界は「秩序」から「無秩序」に向け、不可逆的に進み始めているのだろうか。
それにしてもテロを実行した犯人3人の経歴を見て、イスラム過激派との接点がこれだけ明白なのに対内情報機関が行動確認もしていなかったとは呆れてしまう。テロリスト予備軍1人の尾行に20~30人のチームが必要なため、手が回らなかったのか。裏返せば、フランスには彼らよりもっと恐ろしい予備軍がたくさんいるということだ。
英国では欧州連合(EU)離脱と移民規制の強化を唱えて英国独立党(UKIP)が支持を広げる。フランスでも極右政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首が異様な人気を集める。
ドーバー海峡を挟んで英仏の移民政策は大きく異なる。
ある会合で仏著名メディア元編集長の女性に「英国とフランスの移民政策はどう違うのか」と質問してみた。英国は多文化主義、フランスは共和国的な価値に重きが置かれ、「英国では多様性が認められるのに対し、フランスは同化が求められる」のだという。
英国の公立学校ではイスラムのスカーフ、シーク教徒のターバンも着用が認められているが、政教分離を厳格にとらえるフランスの公立学校ではスカーフやユダヤ教の帽子、大きな十字架は禁止されている。フランス革命を起源とする自由、平等、博愛はフランス共和国の標語である。政教分離を含め、こうしたフランス的価値を守ることがフランス国民の条件だ。無制限の自由と平等を求めて革命を進めたフランスに対し、英国は一度共和制を敷くも混乱を嫌い「制限された自由」を受け入れ、王政復古した。
イスラム教預言者ムハンマドの風刺画がテロの口実に使われたのも、フランス革命にさかのぼる社会風刺画に銃弾を向けることでフランスの絶対的価値である「表現の自由」を対立軸にする狙いがテロ組織にはある。胸に響く「私はシャルリ」というスローガンは、今回のテロがキリスト教徒だけでなくユダヤ教徒やイスラム教徒にも向けられたことを見えにくくしてしまう。ユダヤ教徒の買い物客やイスラム教徒の警官が殺されただけならば、これだけ大きなニュースになっただろうか。世界の大半のメディアが西洋の価値に軸足を置いて報道していることを今回のテロは図らずも浮き彫りにした格好だ。
ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王はこの件に関連し、機中でパンチする素振りを見せながら、「もし友人が私の母をののしったらパンチをお見舞いする。信仰を侮辱したり、バカにしたりしないよう宗教は敬意を持って扱われなければならない」と述べた。
今はイスラムと西洋の衝突を避けることに全力を尽くすことが求められる。イスラムへの誤解と偏見を増幅させて溝を広げるのではなく、相互理解を深めるために「表現の自由」は使われるべきだ。イスラム系移民の過激化を反転させることができるのか。政治指導者だけでなく、私たち市民社会の姿勢も問われている。
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