イランのウラン濃縮問題の構図
世界政治における今年最大の問題は、イランのウラン濃縮強化問題である。この問題の底流には、原油高によるエネルギー問題の政治化がある一方、米国と険悪なイランでの欧州、日本の商売独占に対する米国の厳しい目線が伏線にあることを忘れてはなるまい。
天然ウランの中には、核分裂をするウラン-235が約0.7%程度しか含まれていない。これを軽水型原子力発電所で使用するにはウラン-235の割合を2~4%に高める必要があり、この過程をウラン濃縮という。
イランは濃縮の意図は核の平和利用であって、核兵器を製造することではないと言っているが米国はこれを信じていない。イランはロシア、サウジアラビアに次ぐ産油国である。エネルギーの観点のみからは、原子力発電所が必要とは思えないという訳である。エネルギーの観点以外には核兵器への展開しかない。イランが核兵器を欲するのは、自国をイラク、北朝鮮と並んで「ならず者国家」と名指しした米国との緊張関係が1つの理由である。しかし何と言っても、イスラエルと地理的に近いという事実がより重要であろう。イスラエルは核兵器を有していないと言っているが、技術的には保有可能であるし、その言も真実かどうか定かでない。ペルシャ国家、イスラム教シーア派の存立を脅かす存在はユダヤである。仮にイランが核兵器を持つと、世界の安全保障の枠組みは大きく揺さぶられる。まず、核兵器をこれ以上拡散させないという核不拡散の枠組みが崩れる。これは欧米にとって大きな脅威になる。イスラエルが明示的に核保有を宣言する可能性が高まるほか、北朝鮮の核保有を抑止する理由もなくなってくる。また世界の紛争地域(チェチェン、ナイジェリア、台湾など)でも核保有が現実問題となる可能性もある。米国や国連と核拡散抑止を担うその下部機関、IAEAが躍起になってイランの査察と制裁を検討しているのはこのためである。
底流にある経済関係
中国、インドといった大国の経済活動の活発化に伴いエネルギーの確保、原油価格が経済問題のみならず政治問題化している。イランと隣国イラクのシーア派は連帯し、イスラムの盟主サウジアラビアへの対抗意識を強く持っている。またオサマ・ビン・ラディンの最終目標は、サウジアラビアのサウド王家の転覆との見方が有力である。これはイラクの状況、中国のサウジ接近などの問題とも密接な関係を持っている。さらにこのエネルギー価格上昇で、政治的発言力を強めているのがロシアである。昨年来の欧州での天然ガス供給を巡る強面の姿勢が、極東ではサハリン沖ガス田での日本への牽制、中国寄りの姿勢、そして中東ではイランへの濃縮ウランの提供申し出などの攻勢に表れている。
さらにイランでは米国企業は商売が出来ず、欧州、日本の独壇場になっている。ロンドンの日系企業からの訪問者も多くあるほか、大型プロジェクトも検討されていると聞く。米国はこの点を快く思ってはいない。欧州はイラクと異なり、イラン問題では英米独の外相がイランとの交渉、調整役を引き受けるなど積極的な姿勢を見せている。イランの核の射程距離に欧州が入るといった現実問題もあろうが、英仏のイランにおける権益は大きいことを見逃せまい。
1930年代との類似性
こうした状況は、非常に既視感(デジャヴ)がある。
1930年代の地政学的な地図の再現である。こうしたことは米ソ対立が終わり、浪費されていた共産主義社会の内向きの管理エネルギーが経済活動に使われ始めたことの帰結と
も言える。第二次世界大戦と共産主義が真に終わり、その前の状況が再度表れて来たということである。
さらに言えば、1930年代に突きつけられた問題は、先進的な欧米近代国家間の植民地を巡る争いであったが、今回は米国、欧州(神聖ローマ)、ロシア、中華、ペルシャ帝国などが近代国家の枠組みを超えてしのぎ合う局面という感じがする。イラクとは異なり、イラン、ペルシャ人は極めて政治的な人々である。最高指導者ハメネイ師は、原理主義者アフマディネジャード大統領と現実主義者ラフサンジャニ氏とのバランスを取っていくであろう。今後、文字通り外交交渉が見物になる。力技で勝った米国は別に、この100年間でもっとも巧妙に立ち回ったのは、調査民族であることを前提にプラグマテイックであった大英帝国である。
ブレアかブラウンか、いずれにせよ次の試金石になるのではないか。
(4月29日脱稿)
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