英米と仏独の差
2つのグラフを再度ご覧いただきたい。各国のユニット・レーバー・コスト(ULC、賃金の伸びから生産GNPの伸びを引いた値)と物価の累積変化を示しており、これにより賃金と物価水準に密接な関係があることが確認できる。今回は、①英米で給与・物価の伸びが仏独より高くなる理由、②英国では物価と給与がほぼ同じ割合で上がっているのに、米国ではUCLよりも物価の伸びが低い理由(逆に英国の物価は高い理由)、③UCLがドイツでは横ばいでフランスでは上がる理由、について考えてみる。
まず、英米と仏独との差は、賃金・雇用に対する規制の厳しさの差を原点に説明できると考えられる。1980年前後からのサッチャー、レーガンによる英米での規制改革の成果が、IT技術の進歩とあいまって90年代から花開き、英米の景気は拡大した。景気拡大と規制緩和に伴う賃金の弾力化はULCの上昇を容易にし、ひいては物価の上昇につながった。
一方、仏独では構造改革は未だに行われず、一旦雇用された人の権利を、厳格な解雇手続きや非常に高い最低賃金制度などで厚く保護している。賃金が弾力的でないため、企業も経営を刷新できず、IT技術を牽引車とする景気拡大に乗り切れない上、中国などからの低価格輸入品があっても国内物価が上昇する状況が続いた。
こうした状況が長く続いた結果、英米では物価上昇期待が強くなった。さらに不動産投資が拡大し、そのバブル崩壊が現在米国のサブプライム・ローン(通常より金利を高く設定した貸倒危険の高い不動産向けローン)の貸倒れ増加を背景に大きな経済問題となっている一方、仏独では、硬直的賃金と厚い既雇用者保護が、若年移民の失業・暴動問題、年金問題を生んだ。これがメルケル政権誕生やさらには今回のフランス大統領選挙における政治的論争の事象の背景にある。
英米における物価とUCL
英国のグラフを見ると、賃金(UCL)と物価がほぼ等速で上昇している一方、米国ではUCL>物価という状況にある。仮説として、第一は米国は英国に比べて輸入品依存度が低く(米国約12%、英国約22%)、逆に言い換えれば米国内の工場などで生産能力の余裕があれば、稼働率を上げることなどで輸入物価の影響を緩和できるということである。第二は、英国の物価はロンドンなど高消費地におけるサービス価格の高騰により全体が影響を受けて高くなっているということ。第三も英国特殊論に近いが、住宅供給制約のきつさから英国の資産価格高騰が米国よりもより激しく、先行きの物価上昇期待(インフレ期待)を高めている、といったことが考えうる。
ランスとドイツの対比
では、フランスとドイツの違いは何か。ドイツではUCLが抑制され、フランスでは物価がより上昇している。これはドイツにおいて① 中小企業が多く、賃金が相対的に弾力的であること② 日本や中国などとライバル関係にある製造業中心の経済構造のため、中国の勃興などによる世界的な製品価格下落に対して、賃金を上げられなかったこと③ 組合など賃金上げを主張する側も企業の存続が関わるような状況では、雇用確保が最大課題となり、賃金上げまで主張できなかった、ことなどが考え得る。結局ドイツ経済は立ち直り、フランス経済は高失業、非効率大企業という問題を克服できていない。
いずれにせよ、物価を決める要素として最大のものは賃金であり、その賃金とその変化パスを決めるのに、労働規制のほか、産業構造や社会構造が密接に関わり、その結果が経済のうねりを作ることを是非とも押さえておきたい。規制を決める主体の政権を選択する選挙が、経済において重要であることは言うまでもない。
(2007年4月11日脱稿)
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