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Thu, 28 March 2024

英国発ニュース

白紙撤回された新国立競技場計画
ザハ・ハディド氏の反論

総工費が1300億円から2520億円にまで高騰し、安倍晋三首相の判断で白紙撤回された新国立競技場の建設計画。デザインを手掛けたイラク系英国人の女性建築家ザハ・ハディド氏(64)の事務所がこのほど、「ゼロからの計画見直しはリスクが大きすぎる」と訴えるビデオ・メッセージを公開した。

ハディド氏は23分余のビデオの中で「重要なのはオリンピックの先を大きく見据えた仕事で、長くレガシー(遺産)として使われるということです」と語る。設計段階で既に24カ月、今後45カ月かけて建設する国家プロジェクトをゼロに差し戻し、11カ月でデザイン・設計、35カ月で建設という突貫作業で進めるのはバカげているという。

筆者の目から見ると、ハディド氏のデザインはスケールが大きく、流れるような美しさがある。ビデオの説明を聞いて、2020年東京五輪・パラリンピックのメーン・スタジアムにふさわしい斬新なアイデアに改めて目を見開かされた。アーチ橋を形どったキール・アーチ、花びらのような造形。ハディド案で日本は五輪招致に成功したにもかかわらず、組織委員会会長の森喜朗元首相は「僕は元々、あのスタジアムは嫌だった。生ガキみたいだ」とこき下ろした。ハディド氏に対するとんでもない侮辱だ。

 

国際コンペでデザインを公募した12年7月の時点で、総工費は約1300億円を予定していた。東京五輪決定後の13年に試算は3000億円に膨れ上がったため、規模を約2割小さくし、1625億円に抑えた。ところが人件費や建設資材の高騰で再び見積もりは2520億円に膨れ上がってしまった。

確保されている財源は国費392億円とスポーツ振興基金125億円、スポーツ振興くじの売り上げから109億円の計626億円。2520億円をどのように調達するか全くメドが立っていないのに日本スポーツ振興センター(JSC)の有識者会議が建設にゴー・サインを出したことから納税者の怒りが一気に燃え上がった。最初は「ハディド案を撤回すれば、五輪を招致した国際公約を破ることになる」との慎重意見が強かったが、安全保障関連法案の審議で内閣支持率が急落する中、安倍首相が「白紙撤回」した。合理的な議論抜きに突然行われた、国民感情を鎮めるための政治ショーだった。

五輪の開会式・閉会式、陸上競技、19年のラグビー・ワールド・カップ(W杯)、将来のサッカーW杯招致。さらにコンサート会場として使用するため開閉式遮音装置付の屋根、会議や展示会などのイベント機能、スポーツ博物館などを備えた新国立競技場の総工費が高くなるのは当然と言えば当然と言えた。シドニー五輪のメーン・スタジアムは683億円、リオ548億円、北京511億円、アテネ367億円と比べると、2520億円というのは目が飛び出るような高さだ。

 

これだけマルチ機能を備えたスタジアムのデザインを世界最高峰の建築家ハディド氏に依頼したのが間違いなのか。それとも公的債務の対国内総生産(GDP)比が240%を超える日本が五輪を招致したのがそもそもの誤りなのか。安倍首相の経済政策アベノミクスの異次元緩和による円安が輸入コストを押し上げ、東日本大震災の復興と五輪の建設事業が重なって人件費や建設資材の高騰を招いたことが原因なのか。自民党は新国立競技場を建設しない選択肢を含む見直し案まで提言した。

ハディド事務所は「デザインは総工費の決定要因ではない」と従来通りの見解を繰り返す。観客席の削減案や競争原理が強く働く入札方式を取り入れない限り、総工費の大幅な削減は無理だという。ロンドン五輪のメーン・スタジアムは総工費1380億円だったが、プレミア・リーグのサッカー場として使用するための改修費を合わせると計2180億円に膨れ上がる。妥協に妥協を重ねた結果、非常に使いにくく、収益性の低いスタジアムになるそうだ。

政府は結局、総工費の上限を1550億円、観客席を6万8000席にする新たな整備計画を発表した。未来感溢れたハディド案と違って、地味でシンプルなデザインになるのは避けられまい。安倍首相、森元首相、文科省、JSC、ゼネコン含め、一番真摯に考えているのは「新国立は五輪後も経済的に持続可能でなければならない。デザインを無駄にしないで」と訴えるハディド事務所のように思えてならないのだが……。

 
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