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Wed, 04 December 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

公共の建物に男女別トイレの設置義務化へ
- ジェンダー・ニュートラルなトイレの懸念を払拭

今回は、トイレの話です。「え?」と思われるかもしれません。外出したときにトイレを使おうとすると、「男性」「女性」以外に「誰でも使えるトイレ」が用意されていますよね。以前は、障がい者用トイレのほかはジェンダーでは男女だけでした。選択肢の拡大の流れに、ちょっとした変化が起きているのです。

「誰でも使えるトイレ」のドアには「誰でも使える」「ユニーバサル」「ユニセックス」などの表記や、男女、子ども、車椅子などのイラストが付いています。政府は特定のジェンダーで分けない、このようなトイレを「ジェンダー・ニュートラル・トイレ」(Gender Neutral Toilet)に分類しています。生物学的な男女の分類に違和感を抱く人や性的少数者「LGBTQ+」(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クイアほか)への配慮として、こうしたトイレがレストラン、ショッピング・センター、図書館や美術館、公衆トイレ、教育機関などに設置されるようになりました。ジェンダーが「男性」あるいは「女性」という二者択一しかないと、性的少数者は行き場がなくなりますので、時代に即した動きでした。

でも、男女でトイレ施設を共有することへの違和感や不安、懸念を表明する声も出てきました。政府が約1万7000人を対象に意見公募を行ったところ、83パーセントがジェンダー・ニュートラル・トイレの存在を支持しているのですが、世論調査会社ユーガブの今年1月の調査によると、こうしたトイレを使うときに「居心地が悪い」と答えた人は48パーセントで、44パーセントの「問題ない」を少し上回っています。女性だけに聞くと、57パーセントが「居心地が悪い」と答えました。女性が生理のとき、あるいは妊娠中など男性とトイレを共有したくないという気持ちは共感できますよね。男性も女性も、性別を特定したくない人も居心地のよい公共のトイレ施設はどうあるべきなのでしょうか。


5月6日、ケミ・バデノック女性・平等担当相が新たな法案を発表しました。今後、イングランドでレストラン、ショッピング・センター、オフィス、公衆トイレなどを新規に建築する際は、男女別のトイレ設置を義務化する法律の制定を目指します。「男女両方にとってプライバシーと尊厳を否定する」ジェンダー・ニュートラルなトイレ施設の「拡大を終わらせる」と同相は下院で説明しました。法案は、特に「女性の生物学上、健康上、衛生上のニーズ」をより適切に満たすことを重要視しています。また、男女別のトイレ設置と同時に、ユニバーサル・トイレの設置も奨励されます。ユニバーサル・トイレとは、誰でも入れるトイレの一つですが、個室の中に便器と手を洗う場所が入ったスタンド・アローン型になります。ただし、ユニバーサル・トイレだけを設置するのは男女別トイレを設置する「十分なスペースが確保できない」場合のみ、です。

法案が議会を通過すれば、来年から導入の見込みですが、法案の対象には学校は含まれていません。すでにイングランドの学校では8歳以上の男児および女児に、性別のトイレの提供が義務化されているからです。


男女別トイレ設置法案の動きと同時に進行しているのが、国営の国民医療サービス(NHS)での女性専用病棟の取り扱いです。イングランドのNHSには患者、一般市民、職員の権利を規定する「NHS憲章」(NHS Constitution)が設定され、10年ごとに更新されます。現在、更新に向けての見直し中なのですが、焦点となっているのが生物上の性の重要視です。提案の一つが、性器など体の私的部分に関わるケアでは「患者と同じ生物上の性を持つ医療従事者を依頼する権利を持つこと」です。トランスジェンダーが社会的な概念として広く認識されるようになってから日が浅い今、これまでは男女別だった空間をどのように組みなおすのかについて、試行錯誤が続いています。

キーワード

Gender Neutral Toilet(ジェンダー・ニュートラル・トイレ)

性別不問の公共トイレ。さまざまな形態があるが、政府の定義では個室のほかに待機する場所および手洗い場所を男女が共有するトイレを指す。英国では2010年代以降、設置が進められてきた。1人の利用者だけが使える、独立型のトイレ施設「ユニバーサル・トイレ」は「ユニセックス・トイレ」と呼ばれることもある。

 

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