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Tue, 16 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ダールの小説表現修正で議論沸騰 - 出版社による書き換えは許されるべきか

数々の児童文学の名作を持つロアルド・ダール(Roald Dahl 1916~90年)の作品を読まれたことがありますか。「チョコレート工場の秘密」(1964年)は、近年では米俳優ジョニー・デップ主演で映画化されましたね。英国で最も人気があるファンタジー小説および児童小説の作家の1人といえるでしょう。

先月、ダールの複数の作品が出版社によって「書き換えられていた」ことが発覚し、大きな議論が発生しました。「デーリー・テレグラフ」紙の調べによると、ダール作品の出版社パフィンはジェンダー、肥満、メンタル・ヘルスにかかわる数百にも上る表現を変更し、新バージョンとして発行していました。例えば「太い」(fat)という言葉が作品から削除され、「少年と少女」が「子どもたち」となり、ある作品の登場人物には3人の息子がいる設定でしたが、これが娘たちに変わっていました。「マチルダは小さな大天才」では、帝国主義的な小説家ラドヤード・キップリングへの言及が別の小説家ジェイン・オ-スティンに変更されていたのです。「悪魔の詩」で知られる作家サルマン・ラシュディを筆頭に、書き換えを非難する声が噴出し、2月24日、パフィンは表現を変えない13作品を「ロアルド・ダール・クラシック・コレクション」として年内に出版すると発表しました。新たなバージョンと並列で発行するそうです。

ダールの作品にはこれまでにも変更が加えられてきました。「チョコレート工場の秘密」に登場する小人ウンパルンパは元々はアフリカのピグミー族として描かれましたが、人種差別の指摘を受け、ダールが存命中の1970年代に、金色の長髪、肌の色が白い小柄な人々に修正されています。

2021年、米動画配信大手ネットフリックスがダールの全作品に対する権利を獲得しましたが、今回の表現変更はその前年から開始されたパフィン社と版権管理会社ロアルド・ダール・ストーリー・カンパニーによる見直し作業の結果、生じたものです。何十年も前に書かれた作品を再発行する際、見直し作業があることは珍しくありません。この作業に参加したのが、現代の基準と照らし合わせて不適切な表現を審査する「センシティブ・リーダー」というサービスを提供するインクルーシブ・マインズ社です。同社は執筆中の著者とともに作業をしたり、過去の著作を書き直したりするそうです。

作家イアン・フレミングが書いた、架空のスパイが活躍する「ジェームズ・ボンド」シリーズも新たな書き直しの対象となりました。来月に予定されている「カジノ・ロワイヤル」の創刊70周年を記念する全巻の再出版に際し、作家の著作権管理団体イアン・フレミング・パブリケーションズが、時代にそぐわない不適切な表現を審査するセンシティブ・リーダーを雇用しました。英国で1954年に出版された「死ぬのは奴らだ」が、翌年米国で出版されるにあたり、「問題を起こしかねない人種に関する語句」を著者の同意のもとに変更していました。今回は米国版での修正を踏襲するとともに「現在では大きな怒りを生じさせ、読書の楽しみを奪いかねない人種に関するいくつかの言葉を変更しながらも、原文とその時代をできうる限り残す」ことにしたのです(声明文、2月27日付)。ただ、黒人を蔑視する表現は変更されたものの、ほかの人種や同性愛者、女性に対する蔑視表現は残っていると指摘されています(「デーリー・テレグラフ」紙)。時代が変われば、社会通念が変わり、私たちの感受性も変わってきます。これに合わせて原本の表現を変えることの是非が問われています。また、作家の死後、著作権の管理組織や出版社が変更を加えることについて、割り切れない思いを抱く読者もいるでしょう。でも、特定の蔑視表現が入っているためにその本を読まなくなる読者がいたら、文学上の損失とする見方もあります。皆さんはどう思われますか。

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ロアルド・ダール(Roald Dahl)

カーディフ生まれの小説家、脚本家。作風の特徴は毒のあるユーモアと風変わりなストーリー展開。「おばけ桃の冒険」、「オ・ヤサシ巨人BFG」など多数の児童文学を書き、映画化作品も多い。ジェームズ・ボンド作品の脚本も担当。1990年、74歳で死去。2020年、ユダヤ人への差別的発言について遺族と版権会社が謝罪した。

 
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