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Thu, 18 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ウクライナ侵攻で不正資金の取り締まり強化 - ロシア新興財閥が制裁の対象に

2月24日、ロシアがウクライナに侵攻し、欧州は大きな危機を迎えました。

英政府はウクライナに対する経済及び人道支援、武器供与を提供するほか、ロシアに対するさまざまな制裁を急展開で発表してきました。侵攻初日には100以上のロシアの銀行、企業、実業家などに対する制裁措置を決めています。その内容は資産凍結、アエロフロート・ロシア航空機の着陸禁止、ハイテク製品の対ロ輸出禁止、英国内で事業を行うロシア系主要銀行の英国の金融制度からの除外など厳しいものでした。

制裁発表から2日後の2月26日、サッカーのイングランド・プレミアリーグのチェルシーを所有するロシア人富豪ロマン・アブラモビッチ氏がクラブの経営を慈善財団に委託すると述べて、多くの人を驚かせました。同氏はロシアのウラジミール・プーチン大統領と親しく、1991年のソ連崩壊前後に台頭した「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥の一人です。英政府の制裁対象になる前に先手を打ったように見える、素早い決断でしたが、3月10日、政府は同氏を含む7人の富豪に制裁を科すと発表し、逃れることはできませんでした。

ロンドンの金融市場や不動産には長年、ロシアの新興財閥からの資金が大量に流れ込んでいました。ロンドンの高級住宅地には富豪ロシア人が所有する住宅が並び、ロンドンはロシア語で町を意味する「グラード」を付けて「ロンドングラード」とも呼ばれました。ロシアばかりではなく世界中の富豪や企業がロンドンの金融及び不動産市場に合法に投資しているのですが、その一方で、汚職追放のための国際非政府組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」の調べによると、2016年以降に英国の不動産に投資された「疑わしい」資金67億ポンド(約1兆円)の中で、少なくとも15億ポンド(約2270億円)相当が汚職かロシア政府とつながりがあると指摘されるロシア人に購入されていたそうです。不正資金総額の実態はこの数字よりもはるかに高いといわれています。内務省による資金洗浄・テロリスト金融についての報告書(2020年)は英国にはロシア関連の不正資金が「大量に存在」し、高価な不動産、車、教育費、そして「名声を高めるため」にときには文化的組織への寄付などの形で使われている、と指摘しています。不動産の所有企業は英国の法律が及ばない、海外に作られる「オフショア企業」として登録され、これが違法行為を秘密裏に行う隠れ蓑としても使われることがあります。先の15億ポンドの推定不正投資の中で、8億3000万ポンド(約1260億円)がオフショア企業による所有でした。

ロンドンがロシア人の富裕層にとって魅力的になった理由の一つに通称「ゴールデン・ビザ」の査証制度がありました。2008年、欧州連合(EU)以外の地域からの投資を呼びこむために導入された制度で、200万ポンド(約3億円)以上の資産を持つ人とその家族が通常よりも短期間で永住資格を得ることができるように設定されていました。政府がこの制度を廃止したのは今年2月末です。

3月1日、英国内の不正資金の取り締まりを強化する「経済犯罪(透明性と執行)法案」(Economic Crime Bill)が議会に提出されました。国家犯罪対策庁が外国人所有者による英国不動産を通じての資金洗浄をより効果的に防止し、汚職にかかわる新興財閥に対し、その財産の差し押さえをより迅速にできるようにする法案です。また、「外国事業者登録」を新設し、英国の財産を所有する匿名の外国人に身元開示を義務付けます。トランスペアレンシー・インターナショナルはこの法案を「画期的」と評価する一方で、1年半の移行期間を定めたことで、これでは資産が海外に移動するだけなどいくつかの「穴」を指摘しています。プーチン政権を弱体化させ、侵攻を止める力になり得るでしょうか。

キーワード

Oligarch(新興財閥)

寡頭制を意味するギリシャ語にちなみ、ロシア語読み「オリガルヒ」がよく使われる。1991年のソ連崩壊後、国営企業の民営化の過程で急速に富を蓄えた実業家を指す。政治にも影響力を持ち、2000年に発足したプーチン政権は当初こうした財閥の解体を目指したが、協力関係を維持した新興財閥は同政権を資金面で支える存在になったと言われている。

 
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