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Sat, 20 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

日本生まれの英国人作家
カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞

最近、英国に住む日本人にとって朗報がありました。10月5日、日本生まれの作家カズオ・イシグロ氏が、世界の文学賞の最高峰といってもよいノーベル文学賞を受賞と発表されたのです。イシグロ氏は1954年、長崎生まれの62歳。5歳のときに海洋学者であった父が英国に赴任することになり、一家で英国にやって来ました。母は長崎の被爆者の一人だそうですね。日本生まれで日本人の両親という家庭環境で育ったイシグロ氏ですが、日本は二重国籍を認めていないので、1982年に英国籍を取りました。英国人でソーシャル・ワーカーのローナさんと結婚し、ナオミさんという一人娘がいます。英国で長年暮らして教育もこちらで受け、国籍も英国ですから、「英国人」以外の何者でもないのですが、文学賞受賞を報じる日本のメディアはイシグロ氏と日本との関係をことさら強調したり、何らかの「日本人らしさ」をその言動や作品に求めたりするような報道があったようです。やややりすぎかなと筆者は当初思いましたが、イシグロ氏自身が報道陣に「自分の中には常に日本がある」「ものの見方や世界観の大部分は日本人」と述べていますので、日本が彼にとって重要な位置を占めるのは確かでしょう。英国に住む私たち日本人にとっても、イシグロ氏が英国籍だと知ってはいても、何かしら繋がっているような、うれしい思いがしますよね。

ただ、受賞後のインタビューでイシグロ氏は英国流のとぼけたユーモアを母語の英語で連発し、まさに「生粋の英国人」の姿を見せました。そんな同氏を「日本」という枠でのみ定義しようとする論調に違和感を抱いた人もいたのではないでしょうか。

ノーベル文学賞の創設は1901年です。ノーベル賞6 部門の中の一つで、特定の文学作品を対象とするというよりも「理想的な方向性を持って、最も傑出した作品を創作する作家」に授与されてきました。文学者だけではなく、歴史家、哲学者、政治家にも授与されています。日本人の受賞者は川端康成(1968年)と大江健三郎(1994 年)。英国人はラドヤード・キップリング(1907年)が初で、ジョン・ゴールズワージー(1932年)、米国生まれのT・S・エリオット(1948年)、バートランド・ラッセル(1950 年)、ウィンストン・チャーチル(1953年)、ウィリアム・ゴールディング(1983年)、V・S・ナイポール(2001年)、ハロルド・ピンター(2005年)、ドリス・レッシング(2007 年)、そしてイシグロ氏で10人目です。

昨年の文学賞はボブ・ディランに贈られました。シンガー・ソングライターに授与されるのは初めてで、果たして「文学賞」というカテゴリーが正しいのかどうか、物議を醸しましたよね。受賞後に一時連絡が取れなくなったり、12月の授賞式に「先約があるから」と出席しなかったことでも話題になりました。

不条理演劇の大家と言われるピンターは反戦主義者としても知られていました。英国内の世論を二分した2003 年勃発のイラク戦争を厳しく批判する言論活動を行っていたピンターに、2005年、文学賞が授与されました。あえてこのタイミングで文学賞を与えたノーベル賞側に政治的な意図を感じたのは筆者だけでしょうか。ちなみにピンターは病気のために授賞式に出られず、録画テープでスピーチを行いました(3年後、78歳で死去)。レッシングも腰痛のために授賞式に出ませんでした。

イシグロ氏は授賞式には出ると表明しています。彼はディランの大ファンで「ディランがいなかったら、自分は作家になっていなかった」と言うほどです。受賞決定後のインタビューでは「自分はディランの物まねが得意」と自ら告白し、「では授賞式の場でご披露ください」とリクエストされています。「服装にはこだわらない」と評されるイシグロ氏は、いつも黒一色で地味にまとめてメディアに出ていますよね。スウェーデンのストックホルムで開催される授賞式では、フォーマル・ウェアに身を包んだ姿でディラン節を聴かせてくれるのでしょうか。お楽しみです。

 
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