2人の大物女性アーティストがロンドンで展覧会を開催
YOKO ONO / ZINEB SEDIRA
オノ・ヨーコ / ジネブ・セディラ
西洋中心主義、もしくは男性中心主義的だったアート業界が、黒人や女性、そのほかのマイノリティー・グループに属するアーティストたちの作品を率先して紹介するようになって久しい。女性アーティスト、黒人アーティストという区別化した呼称も次第に使われなくなってきている。ここでは、現在ロンドンで開催されているそうした展覧会を二つ紹介する。現代よりも社会の構造や基準に多様性がなかった時代を生き抜いてきた、オノ・ヨーコと、植民地主義という負の遺産を長く引きずる社会を体現したジネブ・セディラ。この2人の大規模な展覧会の様子を伝える。(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)
パフォーマンス・アートの先駆者YOKO ONO: MUSIC OF THE MIND
英国ではいまだに「ビートルズを解散させた女」といわれ、ジョン・レノンの妻というフィルターを通して見られることが多いオノ・ヨーコ。だがオノ自身は1950年代半ばから米ニューヨークでアーティストとして活動しており、コンセプチュアル・アートや参加型アート、パフォーマンス・アートの先駆者の一人でもある。テート・モダンで開催されるこの展覧会では、オノ・ヨーコが70年にわたり制作したこれまでのパワフルな作品200点以上を一挙に紹介。言葉、楽譜、インスタレーション、映画、音楽、写真など多様な方法で、オノが現代カルチャーに影響を与えた軌跡を振り返る。
オノの作品はメッセージ性が強いことが特徴だが、その表現方法は詩的で時としてユーモラスだ。初期の作品にはその特徴がよく表れており、同展覧会ではその例として1953~61年のインストラクション・アートを紹介している。インストラクション・アートは作者が鑑賞者に向けて指示(instruction)を出すスタイルで、見る者は指示に従って作品を想像し、経験し、完成させる。オノの指示には、FLYやTOUCHのような簡単な動詞、または「心臓の鼓動を聴く」、「街の水たまりを全て踏む」といった鑑賞者の想像力に訴えるさまざまな指示がある。同展ではこれまで見ることのできなかった初期のインストラクション・ペインティングや、自費出版アンソロジー「グレープフルーツ」の草稿展示のほか、64年のパフォーマンス「Bag Piece」を実際に体験できる。
展覧会のメインは、1966年以降のロンドン滞在中に生み出された過激な作品の数々だ。将来の夫であり長年のコラボレーターであるジョン・レノンとの出会いをもたらした、今はなきインディカ・ギャラリーでの展示作「Apple」(66年)や、ロンドンのリッソン・ギャラリーの「Half-A-Room」(67年)をはじめ、英国で上映禁止になった短編「フィルムNo.4」(別名「Bottoms」)などが展示。また、ハエが裸の女性の体を這う様子がオノの声と共に流れる「FLY」(70~71年)や、ブラジャーを脱ごうとしてもがく様子を収めた「Freedom」(70年)など、フェミニズムを主題にした映像作品も観ることができる。
60年代以降は、アートとグローバルなメディアを融合させ、平和運動に力を注ぐ作品が増えた。69年にはベトナム戦争に反対し、「WAR IS OVER!(if you want it)」のキャンペーンを行い、映画「BED PEACE」(69年)は、オノがジョン・レノンと共にアムステルダムなどで行った有名な「ベッドイン」のイベントを記録。同展ではオノが2016年に始めたプロジェクト「Add Colour(Refugee Boat)」も展示される。これはギャラリーの白い壁と白いボートに鑑賞者が各々絵の具で色を描き加えるようにしたもので、移民問題について考えることを促すような工夫がされている。
最後のスペースには、「My Mommy Is Beautiful」(2004年)を展示。これは参加型インスタレーションで、鑑賞者が自分の母親の写真を貼り付け、個人的なメッセージを付けることのできる15メートルの壁からなる。また、1996年に初めて実現したインタラクティブなアート作品「Wish Tree」がテート・モダンの入り口で訪問者を迎える。これは七夕の短冊のように、通りすがりの人々が平和の願いを木に吊るすことができるもの。世界に争いが絶えない昨今の状況では、特別な意味を持つはずだ。
10:00-18:00
£22
Bankside, London SE1 9TG
Tel: 020 7887 8888
Southwark/Blackfriars/St Paul's駅
www.tate.org.uk
アルジェリアの歴史を体現Zineb Sedira: Dreams Have No Titles
ホワイトチャペル・ギャラリーで開催されている「夢はタイトルを持たない」と題されたこの展覧会は、2022年第59回ヴェネツィア・ビエンナーレのフランス館でも発表された彫刻、音楽、パフォーマンス、映像からなるマルチメディア・インスタレーション。1960~70年代にフランス、アルジェリア、イタリアで制作された政治色の強い映画作品とセディラ自身の過去を交錯させ、フィクションと現実の境界をあいまいにした没入型のインスタレーションだ。
作品を観る上で必要なジネブ・セディラの生い立ちを先に伝えると、セディラは1963年にアルジェリアからの移民の子としてパリ郊外ジュヌヴィリエ(Gennevilliers)で誕生。子ども時代にゲットーのような移民街で暮らし、両親がひどい差別に遭うのを見て育ったという。アルジェリアは62年にフランスの植民地支配から独立したばかり。武装蜂起や鎮圧など双方の国に犠牲者が出て、当時はアルジェリア問題が人々の心を占めていた時代だった。また、映画によって人々の団結を訴えようとする前衛的な映画作品が多く制作されていた時期でもあった。当時映画館で上映されていた、アルジェリアのフランスからの独立までを描いた「アルジェの戦い」(66年)などの映画が、その後のセディラの作品に大きく影響を与えたという。
セディラはホワイトチャペル・ギャラリーの展示スペースを、かつてこうした社会変革のために作られた映画のセットに変えている。前述の「アルジェの戦い」はもちろん、あるスペースでは、イタリア人監督エットーレ・スコラの映画「ル・バル」(83年)のダンス会場になり、会期を通して本物のタンゴ・ダンサーが指定の時間に登場する。またそこで流れるのは「ル・バル」を模してセディラ本人がダンサーを演じる映像で、それを撮影するクルーたちの姿も収められている。そしてさらには、それを鑑賞する現在の来場者たちの姿も映し出され、自分が入れ子状態になった作品の一部に取り込まれていることに気が付くという具合だ。また別のスペースでは、セディラのロンドンの自宅のリビング・ルームを再現。展示で使用されている映画やフィルム・ポスター、オブジェなどが壁や棚に並べられており、鑑賞者は、実際にソファに座って読書したり、考えたり、おしゃべりをしたり、テレビを見たりすることができる。そこで流れる映像では、英アーティストのソニア・ボイスとキュレーターで現在のホワイトチャペル・ギャラリーのディレクター、ジレーヌ・タワドロスが、90年代のロンドンのアートついて議論しており、この作品も気が付くと鑑賞者がインスタレーションの一部になっている。
上階のスペースでは、メインとなる映像作品「夢はタイトルを持たない」を上映するための映画館が作られている。ここでセディラは、過去の映画からの引用や再現、記録映像の断片、政治的なビラなどのオブジェを使いながら、自らの生い立ち、アルジェリアの独立、移民の歴史などを語る。個人の記憶と集団の記憶との境界が曖昧になるよう語っているのが特徴だ。本展覧会を通して、セディラはフィクションと現実、現在の自分と過去の歴史、鑑賞者と参加者といった対比が固定されたものではないこと、物事を外側からではなく内側から捉えてみようと訴え、社会の動きに傍観者とならないよう、私たちに参加を促しているのだろう。
火・水、金〜日 11:00-18:00
木 11:00〜21:00
£12.50
77-82 Whitechapel High Street, London E1 7QX
Tel: 020 7522 7888
Aldgate East駅
www.whitechapelgallery.org