ニュースダイジェストの制作業務
Wed, 10 December 2025

LISTING イベント情報

第176回 欧米憎しとボス政治

ジャスミン革命から1年

北アフリカのチュニジアで「ジャスミン革命」が発生してから、ほぼ1年が経った。そのとき本コラムで、チュニジア、エジプト、リビアなどの独裁政権を倒すのは一瞬のことだけれども、その後の産業育成ができなければ貧富の格差は縮まらず、民衆の暮らしは楽にならないので、不満をため込んだ民衆の暴動が多発し、治安を求めて軍事政権になるのが落ちであるといった内容を書いた。その後1年経ち、情勢はその通りになっている。以前の独裁政治よりも民主主義的になったかもしれないが、一方でイスラム圏は部族の勢いが復活したかのような様相だ。部族政治であれば、結局のところ、大ボス政治から小ボス政治になったというだけの話になってしまう。南スーダン然り、リビア然り。エジプトでもそうだ。

こうした発展途上国で手っ取り早く産業育成を進めるための手段は、外資の導入だ。また中間層に読み書きのできる人材を備え、インフラを整えることが必要である。インフラには、水道、電気、道路などだけではなく、民法などの法制、取引や決済のルールなどに加えて、公務員が賄賂(わいろ)を要求しないなど先進国では一応確立している道徳や倫理も含まれる。

明治維新、戦後復興において、日本はこうしたあらゆるインフラを導入した。ところが、賄賂、利権がはびこるボス政治は、欧米の倫理とは最初から相容れない。さらにアフリカや中東地域における部族紛争の根っこには、欧米、特に英国とフランスによる植民地政策の後始末のいい加減さがあり、それらの部族には欧米憎しの感情がある。加えてイスラム教徒は、宗教面からもキリスト教国の欧米に反感を持っている。ここまで負の材料がそろうと、日本のような外国投資に慣れていない国はもちろん、特定の利権を持たない欧米諸国からも投資は簡単には来ない。となると、資金は、憎まれながらも旧宗主国としての利権を梃子とする英仏と、こうした状況に憶しない中国企業からのものに限られてしまう。欧米憎しの感情の払拭とボス政治からの脱却が、アフリカや中東での革命を成功に導くのではないか。

イラン・パキスタンと欧米憎し

ボス政治とは異なるが、欧米憎しの感情が一番表に出ているのがイランとパキスタンである。イスラム過激派を実質的に支援しているのはこうした国々の軍隊である。報道によれば、アフガニスタンのタリバンは、パキスタン軍と密接な関係がある。パキスタンは核保有国であるし、イランも核兵器保有疑惑が常にある。こうした国々もその植民地としての歴史、宗教面から反欧米であり、先進国からの産業的な投資は非常に難しい。

そこで両国に目をつけているのがやはり中国である。これらの国では近隣大国のインドへの対抗心もあってか、中国からの投資が増加している。植民地問題や宗教問題でこれらの国と摩擦がなく、経済利害、政治利害が一致する中国企業の進出は必至だ。

いずれにせよ欧米憎しの感情の払拭はできないどころか、最近では悪化しつつある。イランと北朝鮮は「米国憎し」が国をまとめるための方便になっているのかと思えるほどだ。これらの国の産業育成は前途多難と言わざるを得ない。

ボス政治の払拭

一方、ボス政治の払拭も簡単なことではない。宗教の絡む部族間対立の多い中東では、前提に宗教問題があるため解決は一層難しい。宗教がうまく政治と折り合ったトルコですら政府の経済政策への信認は十分でない。他の中東諸国はそれ以前の状態にある。

最近の中南米は、深刻な債務問題を抱えていたボス政治(カシキスモ)から脱却したかのように見える。ただ不安要素もある。経済発展により政治的な不満は抑えられているが、欧米の景気悪化により、ブラジルなど中南米諸国の経済状況が急速に悪化しているからだ。

こうした中、原油価格が高いため物価が下がっていないにも関わらず、ブラジルなど南米の中央銀行は金利を引き下げてしまった。今後、資本流出が懸念される。そうなるとせっかくの経済発展が台無しになる。ブラジル大統領は中央銀行の利下げの前日の演説で露骨な利下げ要求を行った。国内ボス政治からの圧力に屈する中央銀行に対する市場の信頼は十分ではない。ボス政治からの脱却は、インドネシア、フィリピンといったアジア諸国でも経済発展の大きな試金石だ。その意味では、最大のボス政治国といってもいい中国の一党独裁も警戒を怠れまい。

(2012年1月16日脱稿)

「Mr. City のfocus 世界経済」は、編集上の都合で本稿が最終回となります。ご愛読いただき、誠にありがとうございました。(編集部)

 

第175回 ホルムズ海峡、波高し

原油価格高止まり

昨年以来、原油価格が1バレル=100ドル近傍で高止まっている。リーマン・ショック後、穀物や金属などの商品相場が値を下げているのに比べると特異性が目立つ。最大の原因は、日本の電力会社の原油購入量が著しく増加していることである。原子力発電所の再稼働は益々遠のく感じで、原油市場でも日本商社は買いを見透かされて高値での買いを余儀なくされているようだ。同様のことが液化天然ガス(LNG)でも起こっている。

これに加えて、米国経済の好転を示す指標が相次いでおり、米国の景気回復への期待が高まっていること、また中国政府が景気減速を受けての金融緩和を表明しており、世界中がその効果を期待していることなども原油価格の下値の強い抵抗線になり、価格を上げる方向へ相場を動かしている。

新年入り後はさらに別の新しい動きが見られる。米国によるイラン産原油の輸入禁止制裁と、それを受けて、ペルシア湾とオマーン湾の間にあるホルムズ海峡を閉鎖するとのイランからの脅迫の応酬である。

ホルムズ海峡の閉鎖

ホルムズ海峡が閉鎖されると、サウジアラビア、イラク、アラブ首長国連邦、クウェートから日本への原油輸送ルートが遮断されてしまう。もちろんイラン自身からの船積みが通過することもほぼ難しくなるのでそう簡単な話ではないが、もし仮にそうなると、石油危機の再来である。

原子力の使えない日本では、日常生活すら覚束(おぼつか)なくなる。欧州へはパイプライン経由での陸上輸送も考えられるが、フランスの原子力発電の価値や、パイプ・ルートに当たるアゼルバイジャン、トルコなどの近東諸国の地政学上の重要性が高まる。世界経済、世界金融市場のクラッシュは必至だ。また有事のドル買い、円の暴落も確実である。

米国政府によるイランからの原油輸入禁止依頼に対して中国政府は応じない構えを見せており、こうなると原油収入が頼りのイランは対中接近せざるを得ない。いずれにせよ、国際紛争が経済問題になり、やがては国際政治問題につながっていく展開も予想される。また原油輸入禁止措置によって国民生活が立ち行かないとなると、原子力発電の再開を認めるべきとの世論が今後大きくなっていく可能性もある。

高止まりする原油価格(NYWTI原油相場、$/バレル)

先を読んだ準備を

東日本大震災の教訓は、想定外の災害への想定と、その想定に基づく準備と訓練の重要性である。目下、日本の経済にとって、天災を除く大きな災害は、第一にはユーロの暴落によるドルの急騰、円相場の下落、実体経済の世界的な同時縮小だ。そして第二はホルムズ海峡封鎖による石油ショックである。そして第三は、日本の財政赤字問題に端を発する日本国債の暴落、円の暴落、そして金利の急上昇である。第二、第三の点は、日本にとってはとりわけ深刻な危機になりかねない。政府はこうした事態の想定とその想定を前提にした訓練を行っているだろうか。天災、バブル、クラッシュ、エネルギー危機といった災害は、形を変えて繰り返しやってくる。具体的な行動をどうするかあらかじめ決めておいて、事態が発生したら考えることなく、着のまま即行動する。震災は様々な苦労を生んだが、天災が残したこうした教訓は、経済変動や市場クラッシュといったほかの災害に対しても相通じるものがある。

(2012年1月11日脱稿)

 

第174回 2012年世界経済展望: 国家財政が焦点に

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

大きなダウンサイドは考えにくい

2012年経済を展望すると、大きなダウンサイドのリスクは小さいと考える。欧州の金融不安、ユーロ不安は、財政規律条約の締結や銀行の資本増強などで徐々に緩和されていき、焦点は銀行の資本不足による貸出減少に伴う不景気対策に移るだろう。需要不足による不景気が目に見える形となるのはこれからだが、財政制約がきつい状況下では、その解決には時間がかかると思われる。また経常黒字国のドイツによる南欧諸国への財政支援が小出しにされるので、欧州の経済は長期低迷期に入ることが想定される。ほかの欧州各国が経済でドイツに太刀打ちできるわけもなく、ユーロ安の下、世界ではドイツ製品が日本などアジア製品と競争を繰り広げるという状況が続くと思われる。ドイツの勢力拡大に対して英仏がどのように協力し、抵抗していくのか興味深い。ユーロを自国通貨として導入しなかった英国は、昨年末、欧州各国の財政管理を強化するための財政規律条約に入らな

いという選択肢を取ったが、これによって英国の経済政策は一定の自由を確保した。今後、保守党が財政再建を一時棚上げして、景気の下支えを目的とした政策に転換する余地を残したことになる。一方で、欧州の不景気の継続は英国経済、中でも金融業に悪影響を与えるだろう。

米国は不景気からのリバウンドが始まる年になりそうだ。住宅ローンの爆弾はまだ残っているが、産業が元気になってきている。また長期失業者数はいまだ多くいる一方で、バブル崩壊後に高止まっていた貯蓄率が少し低下してきた。過剰消費は望むべくもなく、また望むべきでもないが、貯蓄が消費へと向かうようになれば、米国経済の回復は早いように思われる。

中国経済は減速が強まるが、共産党は強力な金融緩和を推進する方針だ。2009年に金融引き締めを実施した際には土地の値段が下がり、不動産取引が急増した。また設備投資の急ブレーキも銀行の貸出停止によるものが多く、金融緩和は強力に効きそうだ。金融緩和策を上手く機能させることで、本年に予定されている主席の交替を乗り切っていくと思われる。一方、ブラジルなど早めに金融を引き締めたほかの新興国では、インフレに悩まされる可能性と金融危機により資本が流出するリスクが非常に懸念され、要注意だ。

日本経済はしぶとくまずまず

日本経済は、まずまずの状態がしぶとく続きそうだ。景気を支える柱は、復興需要と新興国の金融緩和による需要の下支えとなる。製造業の大企業は、世界経済の減速を受けて輸出が減少し、厳しい状況にあるが、内需型の非製造業や中小企業には、円高のメリットがある。復興需要はバブル的な現象も見られ始め、東北地方での建設土木関係の賃金が急騰している。非正規の社員対象ではあるが、企業の雇用意欲も強まっている。

日本のテーマは、大企業が海外進出する中、少子高齢化による内需の縮小、中韓の追い上げによる製造業の競争力の低下、財政再建・社会保障安定化への道筋の付け方、原子力発電のあり方を踏まえたエネルギー確保策など、経済構造に関わる問題への対応となる。目先の景気変動よりもこうした根本的な問題に取り組むことが企業、政府、自治体さらにはそうした先に金融をつけている金融機関の3年後の浮沈を左右すると思う。その過程で家計の負担増は避けられず、この対応をめぐって政治の紛糾は必至だろう。

国家財政が焦点の年

中国など一部新興国を除き、先進国を中心に、財政赤字の問題が経済を考える上で鍵になる。欧米、日本は景気が振るわない中、財政面でのダウンサイドを抑制しつつも、いかに規律を維持できるかが喫緊の課題だ。国内の給付や他国への援助は切り詰めが進むと考えられ、これを中長期で敢行できるかが問題となる。欧州危機では、アイルランドが増税、給付抑制、賃金カットなどを矢継ぎ早に実行し、いち早く危機を脱した。製薬、ITといった基礎産業の力があったからできたわけで、そうした産業を持たない英国や南欧諸国はそこが難しいところである。

日本はまだまだ産業競争力を持っているが、パナソニックの液晶T V不振、東芝のLED部門のリストラ実施のように、IT関係は加速度的に競争力を失いつつある。産業競争力の育成は、一朝一夕にはできない。こうした構造的な問題への対応をめぐり各国の政治は難しい局面を迎えるであろう。

(2011年12月15日脱稿)

 

第173回 強いリーダーとコンセンサスの複眼

待望される強いリーダー

今、どの先進国においても、強いリーダーシップを期待する声が強い。ベルリンの壁の崩壊後、バブルの生成と崩壊というノイズがあるためはっきりとは見えにくいが、先進国経済は、最初は新興国における安い賃金・労働力を利用できるという恩恵を受けてきた。しかし、2010年以降は、新興国の産業面での追い上げに苦戦している。そしてこれからは、日本企業のアジア進出、英国企業の東欧・アフリカ進出、米国企業の南米進出といった現象に見られるように、新興国の内需に苦戦脱出の光明を見出そうとしている。

こうした世界経済の激変に当たって求められているのは、これらの変化にスピード感を持って対応できるリーダー、つまり既存の成功体験に拘らない独裁型のリーダーである。特に技術進歩の著しいIT分野の企業では、アップル、マイクロソフト、オラクルなどにカリスマ経営者がいる。またそれ以外の産業では、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソン氏、ユニクロの柳井正氏などがその代表的な例だろう。政治でもサッチャー首相を嚆矢(こうし)として、小泉純一郎元首相、橋下徹大阪市長も民衆の支持を得た破壊・独裁型のリーダーである。

彼らに共通する美点は、意思決定、実行のスピードの速さだ。ビル・ゲイツ氏には、まさに「思考スピードの経営」という著書がある。こうしたリーダーは、筆者が実際に会った際の印象や本人に会った人に聞いた話、または自伝の記述などを総合すると、人間としては常人ではなく、周りが付いていくのが大変という人が多いようだ。しかし、革新的なアイデアと手法で既存秩序をぶち壊さないと、前に進めないことがよくある。また彼らは夢を追うタイプではなく、現場の知恵を知り、具体的に手順を進める現実家である。そして存在感があり、争点を単一化して分かりやすく会社や民衆の拍手を取るのがうまく、ここに天賦の才があると思われる。

コンセンサス型リーダーの出番

こうしたリーダーは成り上がりやオーナー経営者に多い一方で、周囲の同意を丁寧に得つつ、従来の実績を漸進的に変えていくコンセンサス型にはサラリーマンが多い。リスクを取ると人事上不利になることから、保守的に振る舞う習い性がそうさせるのである。コンセンサス型のリーダーは現在は不人気だが、果たしていつの時代もそうだろうか。ベルリンの壁が崩壊し、IT技術が著しく発展するという時代には向かないかもしれないが、社会が安定している場合には着実な改善を試みる方が社会的な摩擦が小さく、好まれる可能性が高い。従来の経営方針や社会制度を否定すると、それらが持っていた長所も損なわれる。万能薬はないという当然のことはもっと認識されて良い。

例えば効率一辺倒となると、国民の幸福には資さない。東京電力を始めとするインフラ系の企業は、安全や安心を確保するためにむしろコストをもっとかけるべきであったと考えられる。英国でも鉄道の民営化による線路の保守と列車運行の分離民営化は、両者の連携不足を原因とする事故の多発などから見直されている。

時代に合わない従来の方針や制度があるにせよ、それらが全く意味を持たないということは普通はありえない。ただ、漸進主義的な部分改良では社員や住民のやる気が出ないとか、状況に合わないという場合がある。結局は劇的と漸進主義的の両方の進め方があり得るのであり、どちらの方法が合うかは場合による。いずれにせよ重要なことは「選択後の中間フォロー」なのだと思う。

大事なことは説明・結果責任

上からの改革にせよ、下から積み上げる改革にせよ、結果を受け入れるかどうかを評価するのは、企業であればお客様であるし、国や地方公共団体であれば住民である。こうした人々が納得するための説明には、いくら手間と時間をかけても十分ということはないと思う。その過程を省いたのでは、結果の責任を取ることもできないであろう。逆にその過程があれば、責任は堂々と取れる。

英国では公共支出の削減や企業でのリストラが相次いでいる。日本も現在の景気はまずまずでも、少子高齢化の下での税金や社会保障制度などの改革は必至であるほか、内需が縮小する中で国内中小企業が生き残りを図るために、原点回帰、急がば回れで、業務改革を進めていかなければならない。各界のリーダーは、独裁型またはコンセンサス型のいずれの手法を取るにせよ、改革手法そのものについても情報公開と丁寧な説明が求められる。

(2011年12月3日脱稿)

 

第172回 ともに語る言葉ありや

イツメンという言葉

日本の中学・高校生が使う新語に、「イツメン」という言葉がある。「いつものメンバー」という意味だ。今日はイツメンと食事、イツメンと遊びに行く、という使い方をする。逆にこれは、「イツメン」以外とは遊びに行かない、付き合わない、気心の知れない相手とは付き合わない、話もしたくないという強烈な排他性を意味する言葉である。当然、イツメンのいない人はさびしいし、イツメンに無視されたりすると大いに傷つく。

学校卒業までそのイツメンたちとの間だけで育った若者が社会に出る。会社で作法をやかましく言われる。文章を徹底的に書き直しさせられる。小言も言われる。かなりの確率でご飯が食べられなくなる。休む。文句を言い出す。会社はパワハラによる社会的な批判が怖いので甘やかす。増長する。こうなると悪循環で、本人の周りが参ってくる。会社の生産性が落ちて、最後は本人が長期休暇に入る。中小企業なら、事実上、会社にいられなくなる。しかし、大企業では休職制度があって、数年にわたって社員が有給を使って休む。労働経済研究所のアンケートなどによると、そうした社員は日本の大企業の2~3%を占めており、予備軍も入れると不機能社員はその倍ほどになろう。

働きアリばかりを集めても、よく働くアリと怠け者のアリが数%、普通の働きのアリが残り大多数、という普遍の法則では説明できないほどに、精神面の問題を原因とする不機能者の割合が急増している。そして、つまずきから拒食、休職までの期間の短期化が著しい。

企業人事担当者の悩み

企業の人事担当者は頭を抱えている。採用段階での心理試験などでは防ぎようがない五月病、一年病。今、企業が収益を2、3%伸ばすには大変な努力が必要だ。企業内休職者を立ち直らせることができれば、収益は2~3%改善する。だが、飽食時代を生きる彼らに「昔はもっと~したものだ」「頑張れ」「中韓に負けていいのか?」といった叱咤激励は通じない。欧州と並んで、日本は労働時間が圧倒的に少なくなっている。「エコノミック・アニマル」「働き蜂」は死語である。つまり、上の世代と若者とが共有できる言語がない。

問題は社会全体に広がっている。イツメンといれば嫌なことをしなくていい。多少面倒くさくても車の免許を取得しようとしたり、借金してカッコいい車を買って女の子にモテたいといったりしたことを考えない。親がかりが増えているということもあろうが、若年者の車保有率は下がるばかりだ。喫煙、飲酒、そして男女の付き合いですら精神的な負担になる。

若者が社会に出るまでの間に切り結ぶ人が決定的に少なく、また嫌なことを言う人が少なくなっている。独立行政法人日本学生支援機構の調べによると、学生の中で生活のためにバイトしている人の比率は37%と、10年前の10%以上も下がり、親の金で学生生活が成り立つ人が6割である。日本ではこの10年ほどの間に、若者の社会への関わり方が決定的に変化したと感じる。この傾向は高齢化社会のように目に見える現象ではないが、日本経済の根底を揺さぶり、社会に大きな変化をもたらしつつあると思う。

英国から学べるのか

英国に自ら進んで留学しているようなバイタリティーのある人はいいのだが、日本では外国に出たがらない若者が多い。飽食という点では英国社会も同様で、引きこもりの人もいるのだろうが、「イツメン」現象はあまり見かけないように思う。第一、英語に該当語が思い浮かばない。

階級的な要素が強い社会なので、同じ階級に属する人々は言わばイツメンということになるのだろうが、現地の学校に通う子供の親を見てみると、インド人やパキスタン人始め移民はとてもハングリーで、色々な社会各層と切り結ぶ。言うまでもなく、大英帝国時代から、英国人エリートはどんどん海外に出ている。ひ弱な人も中にはいるが、英国の社会全体からはひ弱さはうかがえないように思えるがどうだろうか。

日本には、終身雇用や手厚い正社員保護がある。その意味ではドイツに似ているのかも知れないが、ドイツでは現場の力が強く、徒弟制度も厳しい。そして、日本でも中小企業には休職者が少ない。こうした点を鑑みてみると、日本の大企業や公的機関など、これまで経済成長のエンジンの役割を果たしてきたものに内在するユニークな問題とも考えられる。成長戦略などという抽象的な画餅より、足許の掘崩れが問題だ。

(2011年11月22日脱稿)

 

第171回 日本のTPPで考えること

日本の経済をどう維持するか

野田首相は、判断を1日延期した末、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉に参加する方針を11月11日に表明した。TPPとは、関税の原則撤廃や貿易手続きの軽減などを主な内容とし、これにより参加国間の貿易を活発化することを目指している。これまでの経緯を見ていると、実に色々なことを考えさせられる。

第一に、日本はどうやって国の経済を維持していくかについて迷いがある。国民の合意がない。政治的なリーダーもそれを語れていない。まず、日本の輸出品は、中小企業が手掛けるものと一部素材製品や自動車を除いて、国際競争力を段々と低下させつつあるという現状がある。韓国や中国との競争に遅れをとったパナソニックやシャープが液晶テレビ生産部門のリストラを発表したなどの事例にもみられるように、今、足元に火が点いているのは、電気機械、IT関係である。自動車業界も時間の問題であろう。モノづくりの基本は企業の現場にあり、輸出の不調を受けてこれら各業界の現場が海外移転をさらに進めれば、雇用のみならず、技術継承の面で競争力の低下を加速させかねない。実際、金融業にかけた英国は、不況脱出の道筋を見出せていない。モノづくりの放棄のツケとも言えるのではないか。日本がモノづくりを続けるとするならば、貿易に関する問題の検討は避けられない。

そもそも、原子力の利用に疑問符が付いた現在はなおのこと、それ以前からもエネルギーと食料を自給できない日本は、貿易なくして国は成り立たない。産業競争力が失われればギリシャやスペイン化が10数年後に来ることを考えると、自由貿易の動きに反対することは今の経済体制の下ではあり得ない。仮に自由貿易をしないなら、農業のみならず、先に挙げた電気や自動車などの産業も保護し、江戸時代のような自給自足に近い形で生活が成り立つ方法を考える必要がある。そうした生活様式を目指すのか否かの議論なく、野田首相のように、「競争力ある製造業と農業の両立」を唱えるというのは無責任だ。もし、競争力ある製造業によって賃金が高くなっている日本において、付加価値の高低にかかわらず農業を守るというのであれば、付加価値の低い農業への補助金が必要になる。その規模やモラル・ハザードの弊害を明らかにせずには、国民は政治選択できない。

農業改革ができないのはなぜ

第二に、1993年に終了した、関税および貿易に関する一般協定(GAT T)のウルグアイ・ラウンド以後に開始されたコメの輸入に対する見返りとして使った6兆円を持ってしても、一部の農家を除き、日本の農業の経営改善が図られていないという事実を直視すべきだ。農業自体は、種苗や耕作においては装置産業であることに加え、生物への深い理解が必要な科学産業でもあり、現にそれらの領域で深い洞察を持つ農家が成功している例も多い。だが、農業協同組合を始めとする関連産業に先の6兆円が流れて、農業改善のためには使われていないのではないかとの疑問がある。この点の検証なくして、補助金の増額を決めることも適切ではない。兼業農家中心の補助金政策についての議論なしにTPP問題の根本を論じることはできない。

ブロック経済化に賛成か

第三に、自由貿易賛成だとしても、TPPが唯一の道ではないということである。もともと、関税撤廃や貿易手続きの簡素化についての世界的な仕組みは、貿易が経済的には世界全体の利益になり、一部の国だけで行うとそれ以外の国に不経済が生じるので、世界全体を包括的に網羅して行おうという考えを基にしている。昔はGAT Tがあり、その後この組織は世界貿易機関(WTO)になっている。しかし近年、農業問題では各国の保護策の解消が難しく、そうした措置が可能な国からということで自由貿易協定(F TA)など2国間で結ぶ自由貿易協定が相次いで締結されている。こうなると、WTOで解決できない問題を、議論もせずTPPで解決できると考える方がおかしい。

とすると、TPPの意義は、対中国で自由貿易圏を作りそれを包囲しようとする米国の安全保障政策の一環との見方にも頷ける。日本にとっては最大の貿易相手国である中国が含まれておらず、米国との輸出入品の関税率は相互に既に低いので、TPPによる日本の対米輸出増加は期待できない。中国を排除して安全保障面で米国ブロックに留まるという選択肢なら、総選挙で信を問うほどの問題だ。日本政府の広がりのない限定的な説明だけを聞いていては真の論点が分からない。野田首相のリーダーシップの欠如と言わざるを得まい。

(2011年11月11日脱稿)

 

第170回 オリンパスから企業統治を考える

事件の概要とは

カメラ、医療用内視鏡、産業用検査機などの精密機器分野の大手日本企業であるオリンパス社の英人社長ウッドフォード氏が、取締役会で突如解任された。同氏は、オリンパス社が、M & Aに絡み、実体のない米ニューヨークの投資コンサルタント会社であるAXES社に法外な手数料を払ったのは背任行為に当たるとして、抗議を続けている。実体のない会社に支払われた金額は700億円近いが、その使い道が不明との報道もなされている。続いて10月26日には、社長に復帰したばかりの菊川氏が、「10月14日の社長交代に端を発する一連の報道内容や株価の低迷などを通じ、お客様、お取引先様、株主の皆様など各方面にご心配、ご迷惑をおかけしたことを踏まえ」て、社長兼会長を辞任すると発表した。

日本の新聞があまり報道していないのとは対照的に、英紙、米紙では、日本企業のガバナンスの不十分さ、情報開示の不明朗さを示す例として連日報道が続いている。手数料が、オリンパスの欧州子会社から、英銀とドイツの銀行を経て、米国の会社に支払われたため、ついに英国の重大不正捜査局(SFO)と米国の連邦捜査局(FBI)が調査に乗り出した。

もとより、M & Aや手数料の妥当性については知る由もないが、菊川氏の退任の公式な理由が、「今回の件でご迷惑をおかけした」というのでは、到底、金融市場や欧米のマスコミは納得しまい。問題の核心は、手数料が法外なものであったのか、そしてそれが事実なら背任行為に当たるのかどうか、であろう。そうした核心に触れないままで辞任すると、事態をうやむやにしようとしているだけだと思われてしまう。

問題を誰が解明するのか

根拠があるわけではないので筆者の想像に過ぎないが、さすがに一流企業の経営者が説明責任についてすら分かっていないとは考えにくい。ならば、何か言えないことがあるとみるのが自然である。法外な手数料を払わねばならぬ何か弱みがあり、それを公表できないということなのだろう。脅迫があるのかも知れない。しかし、それなら第三者の力を借りて事態を解明することが近道だ。

説明責任については、欧米では高い意識が持たれており、翻って日本は遅れている、とこれまで言われてきた。だが、実は日本でも最近の進歩は目覚ましい。例えば、福島第1原子力発電所での事故の原因究明は、政府ではなく、憲政史上初めて国会に置かれる事故調査委員会の手に委ねられることが、超党派の全会一致により国会で決まった。失敗の当事者による自己究明によって出された調査結果では信用度が薄い。三権分立がその基本思想であるように、第三者による解明が、公正と真相探究を実現するためのプロセスなのである。事故調査委員会を機能させることができるかどうか、国会のスタッフの責任は重い。

このように考えると、オリンパスの経営陣が、第三者委員会を作ると説明しているのは、一見正しいことのように見える。だが、その実施時期すら示しておらず、またその人選が経営陣により成されるのであれば、やはりお手盛り感が出る。会社法の制度は各国で異なるが、日本の会社法で、取締役会の失敗の解明をするのは監査役または監査役会である。今回の件でも、まずは監査役が取締役会の行為決定を検証することが必要で、第三者委員会を設けるのはその後ではないか。

多国籍企業に必要な企業統治

何か事件があると、英国企業や英国政府はしょっちゅう第三者委員会を設けているので、英国居住者ならこうした仕組みには慣れているだろう。一方、日本のマスコミの論調は、問題を追及しているが、問題解明の枠組み自体を問題視するものは少ない。

円高局面で日本企業の海外への進出が著しいが、そうした日本企業は、グローバル企業、多国籍企業となる覚悟を十分に持っているのだろうか。会社が逆境に立ったとき、取締役の責任、監査役の役割、そして金融市場や欧米さらにはアジア各国のローカル・ルールの中で、企業統治の責任を果たしていく必要がある。英語、英米法系についてのみならず、アジアの現地語、法制、さらには企業統治文化まで調べ上げて対応する人材を育成することが多国籍企業のリスク管理の要諦である。オリンパスの事例を英国から見ると、こうした人材を確保したり然るべき覚悟を持つことなく、円高だから、また日本国内の内需は縮小一方だからというだけで海外進出することは危ういと思うが、いかがか。

(2011年10月27日脱稿)

 

第169回 東電経営問題の行方から日欧の財政危機問題を考える

事業仕分けの蹉跌と増税論

日本の民主党による行政の事業仕分けは、一定程度の無駄を削減し、予算を捻り出したものの、当初のマニフェストがうたったほどの効果は出なかった。その後は結局、日本の高齢化に伴う税と社会保障の一体改革に問題が移行し、消費税増、社会保障給付の抑制が政権のテーマになっている。

事業仕分けについては、その大衆討議的な手法が官僚の吊るし上げに見えるといった演出の問題や、蓮舫行政刷新担当による「世界一でなくてもいい」という発言の是非、さらにはこれまでの積み上げを全く無視したダム廃止の決定などの問題があったほか、官僚の抵抗もあって既得権益の本丸に迫り切れずに、やはりマニフェストは絵空事だったというのが日本で見られる論調である。そしてリーマン・ショック、普天間問題、東日本大震災、原発問題などが相次いで起こったため、官僚や国民の関心が目先の問題に集中し、野田政権は給付抑制も忘れ、増税路線を走っている。マニフェスト復帰を主張する小沢派も「約束は約束」といった形式論だけを言っているため、中身の妥当性や財源確保の可能性を示せず、説得力が十分でない。

試金石としての東電経営問題

しかし、増税に踏み切る前にやることがある。東京電力の経営問題の解決だ。事業仕分けが取り組むことのできなかった本質的な行政の問題をえぐり出す可能性があるからだ。東電は民間会社ではあるが、今や政府がかりとなっており、政府同様の独占企業体による経営の問題点を国民の前にさらし、電力料金算定法の透明性、情報公開性、ファミリー企業への天下りや発注価格の妥当性の再検討などを通じて、無駄の削減を公開でどこまで実施できるかが課題となっている。もちろん、東電でこうした問題が解決できるなら、国内9電力でもできる。政府系企業はもとより、地方自治体、日本の大企業も同様の課題を抱えているから、応用問題は山のように出てくるはずだ。

現在、東電による賠償資金は、政府が交付国債で供与しているため、東電がすぐにつぶれることはない。しかし、東電は電力節約による売り上げ減、原油への依存度上昇と原油価格上昇、銀行団による長期資金の供与停止のため、年末から来年初めにかけて資金繰りに詰まる見通しだ。銀行から融資を受けるためには経営体力回復が必要で、まずは電力料金引上げが考えられるが、それには国民、政府、銀行の納得が必要で、こうした各機関にとって東電の窓口となるのが原子力損害賠償支援機構である。国民負担となる交付国債を極力少なくするためにはリストラが必要になるが、そのためには原子力損害賠償支援機構が東電の経営を握ることが考えられる。現経営陣のような生ぬるいリストラでは、数兆円以上の損害賠償に耐えられない。この点、累積している日本の国債残高や、欧州ではギリシャやスペインの行政改革による国債の償還財源確保といった問題と構造が似通っている。

原子力損害賠償支援機構が経営権を握るためには、東電が資金繰りのために発行する新株か、社債を引き受け、株式転換することが考えられる。新株発行比率を調整して、既存株主の権利を事実上ゼロにすることが適当だ。そうすると現経営陣の追放、やる気ある若手の登用、国民への電力料金算定根拠や関連企業への発注内容の情報開示、労組と政治家・行政との癒着暴露が可能になる。

行政改革も国民の問題

東電の場合、株式会社ゆえに、原子力損害賠償支援機構が株主となり経営権を持つことでリストラ、情報公開、コスト削減が可能になろうが、これは日本政府が抱える諸問題の解決にも適用できる方法論ではなかろうか。さらには、欧州の政府や企業のリストラ策にも大きなヒントになるものだ。ただ、ギリシャでのゼネスト、スペインで40%を超える若年失業者の暴動、行政改革に対する責任は、議会、政治、引いては国民が負うべきものである。だから、株式制度という資本主義の制度とはまた異なる民主主義の論理でリストラを進めるほかない。

東電は、コストや関連先との取引の透明性、経営責任の明確化、企業ガバナンスの確立、こうしたことを重視するということが肝心である。公的主体でも私的主体でも考えることは同じである。東電の改革ができなければ、日本の行政改革など夢のまた夢だ。リストラは早ければ早いほど傷も浅く済むし、回復も速い。ユーロ危機、来るべき円の危機も、結局は、民主主義の問題と銘記すべきだ。

(2011年9月28日脱稿)

 

第168回 先進国に共通する政治不在とその行方

欧米日の政治危機

オバマ大統領
7月31日、債務引き上げ問題に関する与野党合意を、ホワイトハウスで発表するオバマ米大統領

通貨ユーロは最大の危機を迎えた。米ドルも、スイス・フランや円に対して最安値を更新している。東日本大震災からの復興は遅々としている上に、欧米の金融市場の混乱による株価下落や消費抑制から中国経済も変調を来たし、最大の対中貿易国である日本の経済が回復軌道に乗れるかどうか、来年には微妙な情勢となってくるだろう。

こうした金融市場の動揺や先進国経済の混迷に対して政治はなすすべがなく、先進国の政治リーダーシップが危機を迎えている。欧州では、ドイツのメルケル首相がギリシャやスペインを助けるための財政支出について、自党であるキリスト教民主同盟の右派や自由民主党、究極的には国民を説得できない。メルケル首相は地方選挙で惨敗続きだ。そして、「ユーロが崩壊してもいいのか」という最終的な脅迫を伴うチキン・ゲームが繰り返される。

政治の外では、頼みの欧州中央銀行が人工的な機関であるがゆえに物価安定、金融政策原理主義で、財政が動けない場合に、日銀が行ったようにリスク・マネーである銀行の株を買うというような柔軟な対応には大反対を示している。株と異なり、イタリア、スペイン国債を担保とした比較的リスクの小さい短期の貸出すなわち流動性の供給拡大にすら、ドイツ連邦銀行(ブンデス・バンク)のDNAを持つ筆頭理事のシュタルク氏は猛反対し、辞任表明した。こういったドイツ国内と欧州中銀の混乱ぶりが、市場の不安に拍車をかけている。

チキン・ゲームの再来

こうしたチキン・ゲームは、どこかで見たことがある。2カ月前に行われた米国の中間選挙後、財政赤字上限問題を通じて票を伸ばした共和党右派の茶会党が財政赤字削減、増税反対を掲げて上限再設定に反対し、米国債がデフォルト寸前まで行った。オバマ大統領は不良債権処理が進められず、長期失業者が減らないという状況で、経済政策の出口を見いだせていない。先週発表された、雇用増加に向けた包括政策は、「雇用増加のための財政支出を共和党の地盤である富裕層への増税で賄う」という、共和党右派を更に刺激するものになっている。

共和党左派は、2カ月前にした財政赤字削減の約束は何だったのかと憤っている。オバマ大統領は、来年の大統領選挙で、「雇用が回復しないのは、包括策に共和党が反対したからだ」という主張をするためのアリバイ作りを目的とした案を出したという報道もあながち本当かもしれないと思わせるほどの挑戦的な内容である。この案をめぐって、共和党と民主党が再び新たなチキン・ゲームを繰り返すことは確実だ。そうなると、また金融市場は動揺する。

経済苦境の中の選挙

新興国が経済的な台頭を見せているのに対して、米国や欧州や日本といった先進国の経済は低迷し、若年者の失業率が高い。スペインでは実に4~5割と言われている。とりわけ、マドリッドは暴徒化のリスクを抱えている。そうした中で、選挙では極端なことを言う政党に票が集まり、中間層を基軸とする意思決定が難しくなってきている。

分裂した議会、引いてはその背景にある社会をまとめていくのは、政治家の力量しかない。米国のオバマ、英国のキャメロン、ドイツのメルケル、フランスのサルコジ、そして言うまでもなく日本の民主党の面々は、その器かどうかが問われているのだ。

世界経済は、そう簡単に良くはならないだろう。解決には、目先の仕事に精を出して、財政頼みを排し、質素倹約の生活を説ける政治の力しかないと思う。そのためには増税ではなく、むしろ歳出の削減が王道である。その結果として、テロや暴動が起こることを覚悟する必要があるのかもしれない。現在は、共産圏の崩壊で延期された世紀末が10年遅れでやってきた、と後世の歴史家から語られることが想像できるような状況である。

(2011年9月15日脱稿)

 

第167回 想定外の事態と経営者の責務

日本の政府丸抱えによる企業救済

欧米では財政赤字の問題を主因とする、各国の金融市場の混乱が収まらない。このため消去法で世界中の資金が円に流れた結果、円高が進んだ日本では、政府による不採算企業の丸抱えが行われている。欧米でも同様の措置を取ることがあるが、そうすべきかどうかを巡って議論を繰り広げるので、動揺が生じる。日本では動揺を嫌って、あまりに悩みなく、大きな企業のほか、災害時や欧米市場混乱時には中小企業ですら政府は救ってしまう。

不採算企業の良い例が東京電力だ。事実上、政府が丸抱えで救済することになった。その代わりに、東電が請け負うべき損害賠償の範囲も政府の委員会で決まってしまう。救済資金については、電力料金の値上げによる国民負担になる。これではモラル・ハザードが蔓まんえん延するのは当然である。モラル・ハザードと言えば、「想定外」という企業経営者の発言も然りだ。

BPとの違い

6月に行われた、各企業の株主総会に関する報道では、「1000年に一度の災害」だからであるとか、「想定外だった」ということで、赤字の原因として地震を挙げて答弁する社長の姿が多く見られた。その最たる会社は東京電力である。震災に関しては確かに不可抗力の側面もあるが、企業経営にはそういった事態にも備えることが包含されており、またその術もあったと考えられる。何しろ、会社法上で企業経営者には善管注意義務が課されているのだ。

この点、変な褒め方になるかもしれないが、英国の大手エネルギー企業のBP社は2010年の原油流出事故であれほどの損害を出しても倒産していない。企業経営者が厚い自己資本と損害引当金を積んでいたからである。自らの会社でリスクを引き受ける自家保険にかけていたというわけだ。

自家保険までなら、日本でも対策を取っている会社がある。しかし、多くの英国の大企業が取っている、事業リスクを保険でカバーする「キャプティブ」といった手法を利用している日本の会社は多くない。キャプティブとは、事業リスクを自社の関連保険会社が引き受けて、当該保険会社がそのリスクを再保険会社に再保険するという仕組みである。再保険することにより、リスクが現実化した場合、保険料上昇という形でリスクに対する経費を後払いする。引き受ける保険会社が自社関係でない場合にはファイナイト(保険会社のリスクが再保険で限定されるためにそう呼ばれる)という手法になる。こうした仕組みには、事前に積み立てる資本強化=自家保険よりも、企業買収の可能性を下げる、税金支払いが少ないなどといった利点がある。

経営者の責任とは

震災について、経営者が、想定外だから何もできないとか、免責されるという議論は、損害補てんの対策がある以上、通用させるべきでない。

ただ一方で、こうしたリスク・ファイナンスの手法だけでリスク管理が十分であるという議論も当たっていない。地震が起こった場合の行動計画、具体的には「Business Contingency Plan(BCP)」と呼ばれる災害からの復旧計画を立て、準備と訓練を行うことも企業経営者のリスク管理として重要である。果たして日本にそこまで考えている経営者がどれくらいいたか。

経営者は、会社法上、株主に対して善良なる管理者としての注意義務を有している。企業経営のプロには、一般の人以上に注意深くリスクを考え制御する義務を負わせることによって、高い報酬が約束されるのである。高い報酬だけがあって注意義務を果たせず「想定外」というのは、如何にも失格である。そのような態度だからこそ、政府の経営に対する関与についても文句が言えない悪循環になっているのではないか。


2010年4月に米南部ルイジアナ州沖で発生した石油採掘
施設の爆発事故(写真)で、BP社はその対応を巡って
各方面からの批判を受けるともに、多大な損失を出した

欧米市場の混乱の次は日本の番で、その混乱はより深いものになると考えざるを得ない。投資家や消費者=国民に対して企業経営者は注意義務を負っていると学ぶことが、今回の地震においての最大の教訓であるべきだと思う。

(2011年8月9日脱稿)

 
<< 最初 < 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 > 最後 >>

不動産を購入してみませんか LONDON-TOKYO お引越しはコヤナギワールドワイド Ko Dental 24時間365日、安心のサービス ロンドン医療センター

JRpass totton-tote-bag