本誌1085号から75週にわたって連載された人気コラム「お遍路さんがゆく」。
「英国の真髄」とも言える自然景観や歴史的建造物を保護する
ナショナル・トラストのプロパティ(資産として保護されている地)を、
画家・小野琢正(たくまさ)のスケッチとともに紹介し、好評を博した。
今回の特集ではお遍路さんに再び登場してもらい、
英国各地のプロパティで巡回中の「HENRO展」の会場にあわせ、
これから本格シーズンを迎えるナショナル・トラストの魅力を紹介してもらいましょう。
(文・小野まり、絵・小野琢正)
小野琢正(おの・たくまさ) プロフィール
1959年生まれ。美しい自然の風景を、未来の子どもたちへ残していきたい……そんな思いを胸に、海外で数多くの個展を開催。後世に残していきたい景観美や文化遺産を、市民の力で護ってゆく英国ナショナル・トラストの活動に共感し、99年よりその保存地を描き続け、01年以降、英国各地のトラスト地で巡回個展「HENRO(遍路)展」を毎年開催している。02年より、家族とともに英国コッツウォルズ郊外に在住。www.takumasa-ono.com絵画のように美しい、環濠式マナーハウス
バデズリィ・クリントン
(ウォリックシャー)
シェークスピアでおなじみのストラトフォード・アポン・エイボンとコベントリーのちょうど中間に位置するウォリックシャーの小さな町に、堀で囲まれた環濠式のマナー・ハウスが建っています。真新しいエントランスからナショナル・トラスト商品が並ぶ店が続き、さらに大きな中庭を通ると、お目当てのマナー・ハウス「バデズリィ・クリントン」が見えてきます。規模としては意外なほどこじんまりとしていますが、堀に唯一かかる橋を渡ると、かわいらしいフォーマル式(整形式庭園)の花壇と、藤のつるが見事にからまるその姿に感動するはずです。
この建物は、13世紀頃、アーデンの森が開拓され農地にされた際に建設されたと言われています。1438年にジョン・ブロームなる人物が付近の荘園ごと購入し、やがて彼の息子、そしてその娘へと受け継がれ、1505年頃に彼女と結婚したエドムンド・フェレスへ所有権が移転。その後およそ500年間、フェレス家の邸宅として利用されていました。内部はエリザベス1世の時代の荘厳な雰囲気に包まれています。
また、ハウス裏のガーデンはとても広く、湖の周りを散策できるようになっています。敷地内のカトリック礼拝堂には、1590年代に迫害されたイエズス会士聖職者を隠すために使用された穴もあり、興味深いところです。
一方、ここから約2マイル離れたところには、樹木を聖書の12使徒に見立てたトピアリー・ガーデンで有名な「パックウッド・ハウス」があります。両プロパティとも、ぜひお見逃しのないように。
Baddesley Clinton
Rising Lane, Baddesley Clinton, Warwickshire B93 0DQTel: 0156 478 3294
http://www.nationaltrust.org.uk/baddesley-clinton/
憧れのウィリアム・モリスのインテリアに会える
ワイトウィック・マナー
(ウェスト・ミッドランド)
装飾デザイナーとして有名なウィリアム・モリス。彼の図案を使ったテキスタイルや陶器は日本でも大人気ですが、ここ英国でモリスといえば、産業革命のさなか大量生産を批判し、中世の手仕事を見直すことを主張した「アーツ&クラフツ運動」のリーダー的存在として知られています。そのモリスゆかりの歴史的建造物のひとつが、ここ「ワイトウィック・マナー」です。
このヴィクトリア時代のマナー・ハウスは、ウェスト・ミッドランドに位置する町、ワイトウィックの小高い丘に建っています。外観は見事なハーフ・ティンバー・スタイルですが、着工は1887年と比較的新しく、1893年に大規模な増改築が行われました。その際に、ウィリアム・モリスが設立した「モリス商会」の壁紙やテキスタイル類を数多く採用。同館の当時のオーナーは、産業革命による塗料やインクの大量生産により莫大な財産を得た人物です。皮肉にも、その資産でモリスが提唱した「アーツ&クラフツ運動」を具現化させたことになります。
邸内だけでなく、およそ17エーカーあるガーデンも、モリスの影響を強く受けています。南テラスやローズ・ガーデンに、ハーブのボーダー花壇。また、西側にある人工池を中心とした散歩道も素敵です。
ガーデンを堪能したら、いよいよモリスの世界の真骨頂へ。モリス商会のテキスタイル、家具、タイル、ステンドグラスと、その数とコンディションの良さに圧倒されます。またインテリアに限らず、1930年代に当時のオーナー夫妻によって蒐集されたロセッティの代表作の数々とも対面できます。
Wightwick Manor and Gardens
Wightwick Bank, Wolverhampton, West Midlands WV6 8EETel: 0190 276 1400
https://www.nationaltrust.org.uk/wightwick-manor/
まるで映画のワンシーンのようなウェディングと遭遇
ハンブリー・ホール
(ウスターシャー)
かつて連載でも紹介した「ハンブリー・ホール」は、イングランドの中西部ウスターシャーにあるプロパティです。18世紀初期に建造されたこのマナー・ハウスの玄関ホールに足を踏み入れると、大階段と見事なバロック様式の壁画に目を奪われます。ハウス内のインテリアは、英国のウィリアム3世とその王妃であるメアリー2世の統治下(1689~1702年頃)に流行した「ウィリアム&メアリー様式」となっています。
ハンブリー・ホールの魅力はハウスだけではなく、広大な庭園、歴史的建造物としても有名なオーランジェリー(温室)やハウスの西側に広がるフォーマル・ガーデンなど、実に多彩です。フォーマル・ガーデンの花壇は地面よりも一段低い位置に作られていますが、これはハウスの主寝室から最も美しく見えるようにするため。4000本以上のツゲの低木で仕切られ、季節ごとに色とりどりのパズルのように衣替えされます。
このハンブリー・ホールでの遍路展も、今年で7年目。毎年招待されるのは本当にうれしいことです。そして展覧会の会期中に毎年出会えるのが、スケッチにあるような結婚式です。ナショナル・トラストは数年前から、結婚式を挙げることができる許可をいくつかのプロパティで取得。今では英国人憧れの式場として注目を集めています。なにしろ、歴史的建造物のなかで式を挙げ、普段は触れないようなゴージャスなダイニング・ルームでパーティーができるのですから。まさに貴族になった気分で式を楽しむことができるので、どこも予約が絶えないそうです。
Hanbury Hall
School Road, Hanbury, Droitwich Spa, Worcestershire WR9 7EATel: 0152 782 1214
http://www.nationaltrust.org.uk/hanbury-hall/
大人も子供も夢見るテーマパークで、タイムトリップ
サドバリー・ホール
(ダービシャー)
この「サドバリー・ホール」はダービシャーの西に位置し、ハウスは1660年代に建造されました。イングランドで最長を誇る「ロング・ギャラリー」や、素晴らしい木彫が施されている大階段など、室内はかつてBBCで大人気だったドラマ「高慢と偏見」のロケ地としても使われました。ガーデンはヴィクトリア時代の超人気造園家“ケイパビリティー”・ブラウンの設計によるも のです。
さて、ナショナル・トラストは自然景観や歴史的建造物を保護すると同時に、それらを次世代に引き継ぐためにも様々な努力をしています。なかでも将来を担う若者や子どもたちにナショナル・トラストの活動に興味を持ってもらえるよう、年間を通じて様々なプログラムを行っています。
例えば、ハウスに隣接する「ナショナル・トラスト・チャイルドフッド・ミュージアム」。ここは大人も童心に返って楽しめるような博物館になっています。館内はおもちゃや人形、様々なゲームの歴代コレクションとともに、煙突掃除が体験できる「ワーク・ギャラリー」、赤ちゃん時代のおもちゃを大きくなった身体で体験できる「ベビー・ギャラリー」など、体験型アトラクションが8つのテーマ別に分かれています。さらには歴史的建造物を活かし、ビクトリア時代のちょっと怖い小学校の先生から授業を受けられる「ビクトリアン・クラスルーム」なども用意 されています。
ここで遍路展が開催されるのは、ちょうど夏休み。家族連れでぜひ訪れてほしいプロパティです。
Sudbury Hall &
The National Trust Museum of Childhood
Sudbury, Ashbourne, Derbyshire DE6 5HTTel: 0128 358 5305
https://www.nationaltrust.org.uk/sudbury-hall-and-museum-of-childhood/
歴史的キッチンで、焼きたてスコーンを堪能
モティスフォント・アビー
(ハンプシャー)
華やかな形と柔らかな色が魅力のオールド・ローズのコレクションで世界的に有名な「モティスフォント・アビー」は、イングランド南部のサウザンプトンに近い、ロムズィという小さな町にあります。6、7月はローズ・ガーデンの見学でたいへん賑わいますが、それ以外のシーズンは敷地内を流れる清流テスト川と、その流れの中を泳ぐ鱒を楽しみながら美しい川沿い散策を楽しむことができる、落ち着きのあるプロパティです。
ここは1201年に建造されたアビー(修道院)でしたが、ヘンリー8世が行った宗教改革により、チューダー様式の邸宅に建て替えられました。とはいえ、今でもアビーだった頃の面影は随所に残っています。また、20世紀になって改装された部屋もあり、ひとつの建物でアビー時代の史跡からチューダー、ジョージアン、そして現代と、およそ800年の時代の流れを考察することができます。
また、ここのティー・ルーム「キッチン・ カフェ」に腰を下ろせば、ナショナル・トラストがただ単に環境保護団体や観光名所と なっているプロパティを所有しているばかりではなく、国民にたいへん親しまれている存在である理由が分かるかもしれません。高い天井を活かしたこのカフェには、地元産の食材を用いた英国らしいメニューが並び、ケーキやスコーンもその日の朝にこのキッチンで焼かれたものばかりです。
ランチやお茶を楽しむためにプロパティを訪れる地元の人たちも多く、また、「釣り人たちの聖地」とも称されるテスト川の鱒のお料理も、ここならではのお勧めです。
Mottisfont Abbey Garden
Mottisfont, nr Romsey, Hampshire SO51 0LPTel: 0179 434 0757
https://www.nationaltrust.org.uk/mottisfont/
優雅なファミリ・ホリデーはここで決まり!
イックワース・ハウス
(サフォーク)
ケンブリッジの東、ロンドンから車でおよそ2時間の場所に、中世の面影を残すマーケットタウン、バリー・セント・エドモンズがあります。その町はずれに、両翼のある巨大なイタリア式円形建造物、「イックワース・ハウス」が建っています。イックワース・ハウスは15世紀から続くハーヴェイ一族所有の邸宅でしたが、1956年にナショナル・トラストへ寄贈されました。そして1999年以降、ナショナル・トラストの管理のもと、素敵なカントリーサイドの高級ホテルとして運営されています。
1800エーカーという広大な地所には、 前述の“ケイパビリティー”・ブラウンが設計した素晴らしいパークが広がっています。建物の西翼はナショナル・トラストのショップやレストラン。階下は教育ルーム、最上階は大きな宴会やウェディング・パーティーを開くことができる会議場になっており、一般に貸し出しも行っています。
中心の円筒の建物は、かつてハーヴェイ一族が暮らした華やかな時代を物語る、貴重な調度品が残っています。客間やダイニング・ルーム、ライブラリーなども当時のまま保存されていて、今回の遍路展もその貴重な室内で開催されます。
さて、東翼のホテルは現在4ツ星ホテルとして、ちょっとリッチな家族向けホテルとして人気を集めています。敷地内には3つのレストランと室内プール。乗馬施設やテニス・コート、そして幼児の面倒をみてくれるナーサリーも完備。小さな子ども連れでもカントリーサイドの高級ホテルの良さを堪能できる、貴重な場所です。
The Rotunda, Horringer, Bury St Edmunds, Sufforlk IP29 5QE
Tel: 0128 473 5270
https://www.nationaltrust.org.uk/ickworth/
ナショナル・トラスト HENRO(遍路)展とは
「ナショナル・トラストHENRO(遍路)展」は、2001年に英国で開かれた大型日本文化紹介行事「Japan 2001」の公認プログラムとして、英国各地のナショナル・トラスト保存地で催された日英交流文化事業です。会場では小野琢正のシルク・スクリーン版画、水彩画、墨絵で描かれた作品の展示とともに、墨絵のワークショップなども開催。現在では、開催9年目を迎えるナショナル・トラストの恒例イベントとなっています。各会場にはレジデント・アーティストとして作家自身も来場、「お遍路さん」とトラスト談義ができるいい機会です。
エキシビション・スケジュール
HENRO 2009: An exhibition by Takumasa Ono
– Inspired by National Trust Properties
第1会場 | 4月29日(水)~5月17日(日) | Baddesley Clinton(Warwickshire) |
第2会場 | 5月20日(水)~5月31日(日) | Wightwick Manor(West Midlands) |
第3会場 | 6月27日(土)~7月15日(水) | Hanbury Hall(Worcestershire) |
第4会場 | 7月22日(水)~8月9日(日) | Sudbury Hall(Derbyshire) |
第5会場 | 8月22日(土)~8月31日(月) | Mottisfont Abbey(Hampshire) |
第6会場 | 9月11日(金)~9月22日(火) | Ickworth House (Suffolk) |
第7会場 | 10月17、18、24、25、31日 11月1日 |
Heelis(Wiltshire) |
エキシビションは終了しました。
ナショナル・トラストについて
ナショナル・トラストとは、美しい自然や貴重な歴史的建造物を市民の寄付や寄贈によって取得し、保存・管理・公開しながら、次世代に残すことを目的とした環境保護運動です。この運動の思想は英国で生まれ、1895年には3人の市民運動家によってチャリティー組織「The National Trust」が設立され、大きく発展しました。現在はおよそ350万人の会員と、年間5万人以上のボランティアに支えられ運営されていま す。保有する保護資産はイングランド、ウェールズ、北アイルランドに300カ所以上あり、世界中で愛されている「ピーターラビット」の故郷・湖水地方も、そのほとんどが英国ナショナル・トラストの手によって、100年前と同じ姿を今にとどめています。また、日本を含め米国、カナダ、韓国、ニュージーランド、オーストラリアなど世界各地にその活動が広がり、それぞれの風土に根ざした展開をみせています。
日本のナショナル・トラストの詳細は
社)日本ナショナル・トラスト協会へ
www.ntrust.or.jp
英国ナショナル・トラストのメンバーになるには
もし、1年間で5カ所以上のナショナル・トラストのプロパティを訪れるなら、年間会員になるのがお得です。入場料が必要なナショナル・トラストのプロパティには、その場で入会できるインフォメーション・デスクがあります。必要事項を記入して年会費を支払えば、その場でナショナル・トラストのメンバーに。 その日の入場料はもちろん、英国全土にある300カ 所以上のプロパティすべてに無料で入場することができます。さらに、全プロパティの情報が網羅されたハンドブックや季刊誌、ニュースレターが送られてくるなど、会員ならではの特典があります。入会手続きはオンラインでも可能。詳しくはウェブサイトをご参照ください。
www.nationaltrust.org.uk
英国でお花見といえば、やはり薔薇……というのは、あまりにも王道すぎ。日もぐっと長くなり、日に日に初夏らしさが増してくる今でこそ楽しめる花があります。それは、まるで妖精が出てきそうな神秘的な英国の森を、一面ブルーの絨毯で覆ってくれる「ブルーベル(ホタルブクロ)」。ここでは4月の終わりから5月いっぱいまで楽しめる、ナショナル・トラストお勧めのブルーベルの群生地をご紹介します。
アッシュリッジ・エステイト(ハートフォードシャー)
数あるナショナル・トラストのプロパティのなかでも、特にいち押しの名所はここ。映画「ハリー・ポッター」シリーズのロケ地にもなった、神秘的なアッシュリッジの森です。Ashridge Estate
On the Herts and Bucks border, between Aylesbury and Hemel HempsteadTel: 0149 475 5557
http://www.nationaltrust.org.uk/ashridge-estate/
エメッツ・ガーデン(ケント)
ケント州の最も高い丘に位置するとあって、とても 眺めが良いエメッツ・ガーデン。北ダウンズとウィー ルド地方を望む森林地帯がブルーの絨毯で覆われる景観は圧巻です。Emmetts Garden
Ide Hill, Sevenoaks, Kent TN14 6AYTel: 0173 275 1509
http://www.nationaltrust.org.uk/emmetts-garden/
ハッチランド・パーク(サリー)
約1マイル続く散歩道には、ブルーベルとプリムローズが一面に咲き乱れています。ロンドン近郊にある、まさに秘密の花園です。Hatchlands Park
East Clandon, Guildford, Surrey GU4 7RTTel: 0148 322 2482
https://www.nationaltrust.org.uk/hatchlands-park/
スコットニー・キャッスル・ガーデン(ケント)
「イングランドで最もロマンチックなガーデン」と称されるスコットニー・キャッスル・ガーデンは、ピクチャレスク・スタイルという、絵画のように完璧な景色が圧巻です。Scotney Castle
Lamberhurst, Tunbridge Wells, Kent TN3 8JNTel: 0189 289 3820
http://www.nationaltrust.org.uk/scotney-castle/