英国の多文化社会が育んだ創造性 進化を続ける ブリティッシュ
・ブラック・ミュージック
ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter=黒人の命にも意味がある)のデモ活動が欧米で積極的に行われている昨今。そう簡単に解決できない人種差別の問題は残念ながら各国に残っている。一方、英国ではカルチャー面、とりわけ近年の音楽分野における黒人アーティストの影響は大きく、すでにメインストリームとなっている。もちろん音楽の世界にも根強い差別問題はあるものの、英国におけるブラック・ミュージックは、今日の英国音楽シーンの礎を築いたと言えるほどに恩恵を与えてくれた。今回は1970年以降の音楽を中心に、「ブリティッシュ・ブラック・ミュージック」について紹介したい。(文:英国ニュースダイジェスト編集部)
2019年、バンクシーが製作した防刃チョッキを着てグラストンベリー・フェスティバルに臨んだストームジー。英国の黒人アーティストとして史上初のヘッドライナーを務めた
ブリティッシュ・ブラック・ミュージック(BBM)とは?
アフリカ系やアフリカ系カリブ海の人々、もしくはそれらが混ざった人々を先祖に持つ英国市民が作る音楽のこと。BBMの原型は18世紀ごろに生まれ、英国に定着したのは戦後のウィンドラッシュ世代から。このときに持ち込まれたカリブ海生まれの音楽「カリプソ」は、もともと奴隷制度下の主人へのからかい、その後は政治や社会風刺など、状況に応じて歌詞・スタイルを変えていくもので、ロンドン上陸後は人種差別に対する嘆きを歌ったロンドン版カリプソに変貌を遂げる。新しい環境に適応し、恐れず変化するという「音楽の柔軟性」が、のちにほかのジャンルとのミックスを受け入れ、発展していくBBMのキーとなる。
以降、BBMは1970年代後半から若い世代を中心に黒人、また白人の間で流行し、現在はそれぞれの音楽をミックスさせつつ新たなジャンルが生まれ続けている。
ブラック・ミュージックを取り巻く環境
もともとあったジャンルとミックスさせ、新たな音楽を作る、という多様性を受け入れる英国らしい形で独自に発展してきたBBMだが、まずは英国社会におけるブラック・ミュージックの立ち位置と現状を見ていこう。
パイレーツ・ラジオからYouTubeへ
時代は少し遡って1960年代の英国。当時BBCラジオの音楽放送枠は非常に少なく、また音楽ジャンルも限られており、ブラック・ミュージック以前に人々が本当に聴きたいものは満足に放送されなかった。そこに登場したのが、船や海上のマンセル要塞から電波を飛ばす多数のパイレーツ・ラジオ(海賊放送)だ。70年にソウル・ミュージック専門ラジオ局が登場し、ブラック・ミュージックがまだメインストリームでなかった当時の英国における黒人コミュニティーの需要を満たしていた。
やがて90年以降にはジャングルやガレージ(後述)のパイレーツ・ラジオ局も生まれ、ディジー・ラスカルなど著名なラッパーもここで見出されていくようになる。2020年の現在も、アンダーグラウンドな音楽を紹介するdejavufmやRinse FMなどのパイレーツ・ラジオは健在だ。
ラジオ局と同時に、YouTubeに自らミュージック・ビデオをアップロードするアーティストも現れた。ストームジーはその代表格で、投稿した「Shut Up」はロンドンの駐車場で撮影されたシンプルなものだったが、レーベル側の意図に左右されない、フリースタイルの動画は結果的に1億回以上の再生回数を記録した。
社会的な受け皿
英国音楽界には、現在ブラック・ミュージックを広める2つの大きな取り組みがある。一つは1996年から始まった「MOBOアワーズ」だ。Music of Black Originの頭文字を取った同アワーズは、ヒップホップやグライム、R&Bなど、ブラック・オリジン(ブラック発祥)の分野で優れた業績を残した人に贈られる国際的な賞。「オリジン」としているため、受賞者はアフリカ系、カリブ海系だけではなく、過去にはサム・スミス、ノーティ・ボーイなど黒人以外のアーティストも受賞している。
二つ目は2002年、ブラック・ミュージックに特化したラジオ局「BBC Radio 1Xtra」の開局だ。英国を中心に、米国、アフリカ系アーティストなどの曲紹介に加え、世間に埋れている才能あふれる若きアーティストを積極的に発掘し、ブラック・ミュージックが英国でメインストリーム化した一つの要因になった。
第22回MOBOアワーズで最優秀女性アーティストに輝いた英ラッパーのステフロン・ドン。
グライムやダンスホール・レゲエの影響を受けた、歌えるラッパーとして有名だ
ナイフ犯罪と関連付けられる不運
人口の上昇にともない、近年ロンドンではナイフを使った犯罪が増えてきている。英国政府は数年前、暴力を引き起こす可能性のある要因リストに、ブラック・ミュージックのジャンルであるドリルやグライム(後述)、トラップを加えた。これは国が暴力的な歌詞が織り込まれたごく一部の音楽を犯罪と紐づけたことを意味するが、ここには政府が公にしたくない秘密が隠されているという。
2010年ごろから、青少年向け予算の大幅な削減が進んだことで、スポーツや文化を学べる青少年たちのたまり場であり、相談所としても機能したユース・センターが全国的に減少。その結果若者による犯罪が増加したという経緯があった。音楽関係者は、政府が若者を見捨てておきながら、逆に犯罪の責任をSNSやブラック・ミュージックに押し付けているのでは、としている。
知っておきたいBBMのジャンル
BBMはその多様性から、かなりのジャンル数に分かれている。活動がより活発になってきた1970年代以降に発展したジャンルの中で、代表的なものをピックアップしてみた。
2 Tone
2 トーン
2010年、「ティーンエイジ・キャンサー・トラスト」のコンサートに参加したスペシャルズ
パンク・ムーブメントが終息した70年代後半、英中部のコヴェントリーで生まれた、エネルギッシュな英国のパンクと素朴な音色のジャマイカのスカを融合させたジャンルで、黒人と白人が一緒に踊れる音楽として流行。スカ・リバイバルを2トーンと呼ぶこともある。多くのグループは黒人と労働者階級の白人の混合メンバーで構成されており、厳密にはパンクとのハイブリッドなのでブラック・ミュージックとは少々異なる。スペシャルズ、セレクター、マッドネス、ザ・ビートなどが有名。
Jungle
ジャングル
ジェネラル・リーヴィ(写真左)。右はレゲエDJのアパッチ・インディアン
音をデータ化し、音源として再生出力できるサンプラーを使ったエレクトロ・ミュージックの一つ。過去の音源を切り貼りして作るブレイク・ビーツは高速に、ベース・ラインはルーズに、と複雑に組み合わせたメロディーが特徴。レゲエDJによって偶然生まれたこのテクノ系レゲエはロンドンの労働者階級の若者の間で人気を博し、90年代のダンス・シーンで頻繁に流れた。ジャングル・プロデューサーのM-Beatがジェネラル・リーヴィをボーカルに迎えた「インクレディブル」は特に有名だ。
UK garage
UK ガラージ
パイレーツ・ラジオ局で出会い、トリオとなったドリーム・チーム
90年代前半に登場したガラージ・ハウスやR&Bなど、複数のジャンルをミックスさせたジャンル。米国発だが、英国に上陸してからはジャズ要素が盛り込まれて、UK ガラージと名を変え独自に発展。ここ数年で再び注目されているが、現在ジャズ要素はほとんど含まれていない。ここから再生速度をあげたスピード・ガラージ、低音をベースにしたダブステップなど数々のジャンルに派生していく。ドリーム・チーム「Buddy X 99」、187ロックダウン「ガンマン」は名曲。
Grime
グライム
「ザッツ・ノット・ミー」で一躍有名になったスケプタ
移り住んできた富裕層と、もともとの住民である移民の貧困層が過密して暮らすロンドン東部で生まれ、2000年代に登場した音楽。カナリー・ワーフやオリンピック会場の建設など、不可抗力で開発されていくロンドンの街の影響を強く受けている。アグレッシブなダンス・ミュージックにラップをのせるスタイルで、ワイリー、ディジー・ラスカルに始まり、スケプタ、JME、そしてストームジーなど、世界を熱狂に巻き込んでいる話題のMCが多いジャンルだ。
Afrobashment
アフロバッシュメント
思わず踊りたくなるような曲を生み出し続けるJ・ハス
アフロスイングとも呼ばれる2010年以降に出てきたジャンルで、西アフリカ生まれのアフロビートとジャマイカ生まれのダンスホール・レゲエをミックスさせたジャンル。ここ数年で一気に知名度をあげてきている。ブラック・ミュージックのハイブリッドとも呼べ、陽気な印象のメロディーが特徴。このジャンルをメインストリームへ押し上げたのはロンドン東部ストラトフォード出身のJ・ハス。シングル「ディドゥ・ユー・シー」やアルバム「コモン・センス」は絶賛された。
UK drill
UK ドリル
スケプタやドレイクともコラボしたことのあるHeadie One
2010年代に米シカゴで誕生したドリルが、UK ガラージの影響も一部受けつつUK版のドリルに進化。歌詞には貧困にあえぐ若者のリアルが綴られている、かなりダークなスタイルだ。初期はスラングの多用や暴力的な描写も多かったが、最近は少しポップな曲調に変化してきている。創成期から現在も世間の目が厳しいものの、音楽の方向性の変化が期待できる発展途上のジャンルだ。ロンドン北部トッテナム出身のHeadie Oneや南部ルイシャム出身のRussが有名。
ロンドン出身の魅力的なアーティスト
奥深いブラック・ミュージックの中で、ロンドンが生んだ注目のアーティストをピックアップしてみた。すでに有名なMCと、これから人気が出るもしれない個性あふれる2人をぜひ知ってほしい。
「G-Folk」のパイオニア
Hak Baker
ハック・ベイカー
まだ表舞台にはそれほど登場していないが、英国のスラングで青年を意味するラッド(lad)・カルチャーを象徴する、今注目のアーティストがハック・ベイカーだ。ロンドン東部のアイル・オブ・ドッグス出身のベイカーは、コックニー・ライミング・スラング*を多用し、アコースティック・ギターを片手に歌う自らのスタイルを、グライムとフォークをブレンドした「G-Folk」と表現している。お世辞にも決してきれいな歌詞とは言えないが、英国の階級制度に対する現状をくっきりと描いている。
またミュージック・ビデオについてベイカーは、「自分を良く見せるような、見てくればかり良いビデオの価値は自分には分からない」とし、「Thirsty Thursday」「SKINT」「Conundrum」のミュージック・ビデオに見られるように、街や自分の暮らしのリアルを追求している。
一方、亡くなった親友に捧げられた「Tom」の「Nothing I could, nothing I could say」(何もできなかった、何も言えなかった)という歌詞や、「L.I.O.L.I (Like It Or Lump It)」の「We're gonna do what we like」(ただやりたいことをやるだけだ)に見られる、まるで子どものように素直な気持ちを綴った歌詞の率直さは、リスナーの心に強く響く。自身のパブリック・イメージが「世間のはみ出しもの」だと理解したうえで作るまっすぐな音楽に注目したい。
* Baked Bean – Queen(女王)、Chalk Farm – arm(腕)など、該当の語句に似た韻を持つ、別の言 葉に置き換えるコックニーのスラング。
政治にも突っ込む若者の代弁者
Stormzy
ストームジー
英国出身の黒人アーティストとして初めてグラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーを務め、グライム新世代を牽引するストームジー。ブリット・アワーズなど数々の華々しい受賞歴があるが、グライムMCとしてスーパースターになる前は、ロンドン南部クロイドンで暮らす青年だった。
2015年にリリースした「Shut Up」の歌詞「I’m so London, I’m so South」のSouthはサウス・ロンドンのことを示しているが、ストームジーはほかの曲でも、サウス・ロンドンという言葉を歌詞に散りばめており、また今年1月にはボックスパーク・クロイドンでフリー・ギグを行うなど、どんなに人気になってもロンドン南部出身であることを大切にしている。
また、ストームジーは27年のこれまでの人生で、リーマン・ショックによる政府の緊縮財政による圧迫を少なからず受けてきた。ヒエラルキーの末端に生きる人間が受けてきた負の影響は、2019年の「Vossi Bop」でボリス・ジョンソンや現在の政治を真っ向から叩く「Fuck the government and fuck Boris」という歌詞にも表れており、自分を含めた同世代の鬱々とした若者の心をストレートな歌詞で代弁している。これまで数々の有名アーティストとのコラボを果たしてきたが、変わらぬ信念を持って取り組む姿に目が離せない。
英国のブラック・ミュージックの行く末は?
英国の黒人やブラック・オリジンのアーティストはその熱量、勢いともに音楽界で躍進しているが、その表現者たちをサポートする音楽業界、すなわち管理側には人種差別の問題が山積している。配給会社の上層部における黒人が占める割合はまだ少なく、多様性があるとは言い切れないのが現状だ。また、日本生まれでロンドンを拠点に活動するシンガー・ソングライターのリナ・サワヤマ(29)は、25年を英国で過ごしているにも関わらず、英国国籍を持っていないという理由で英国、アイルランドで優れたアルバムに贈られるマーキュリー賞への出場資格がないとされ、こちらも物議を醸している。黒人を含む有色人種(BAME)によって作り出される英国文化は今後どこまでこの国に許容されていくのだろうか。