英国の貴族制度とは 英国人貴族にまつわる3つの疑問
ロンドンの一等地は、なぜ一部の英国人貴族のみによって所有されているのか。またそもそも貴族である、とはどういうことなのか。公爵、伯爵の違いは何かなど、ここでは英国の貴族制度について解説する。(文:長野 雅俊)
1 ロンドンの一等地はなぜ貴族が所有しているのか?
ウエストミンスター公爵、カドガン伯爵、ウォールデン男爵、ポートマン子爵といったロンドンの一等地における一連の大手地主たち。そろいもそろって古くから代々続く貴族ばかりが名を連ねているのは一体なぜか。
成功した理由として、「定期借地権」という仕組みを最大限活用してきたことが挙げられる。この制度の下では、地主がまず借用期間を定めて一定の金額と引き換えに建設業者、または宅地造成業者に所有する土地を貸し出すことになる。次に土地を借り入れたこれら業者は、自費負担または資金の調達を行いながらその土地の開発を担い、やがて住居やオフィスとして貸し出す。そして賃貸期間が終われば、また開発した物件などをそのまま地主へと返す取り決めになっているのだ。
(写真左)メイフェア地区に立つ、初代ウエストミンスター公爵の祖父ロバート・グロブナーの銅像
(同右)ポートマン家やカドガン家の名前はロンドン各地の通りの名に刻まれている
この制度下では、地主たちは常に一定の賃貸料を得られることに加えて、自分たちは金銭的負担なくして敷地を開発し、その度に土地は価値を上げていくことになる。最近では借用人や住居人が物件を維持する場合などの権限が拡大されてきたとはいえ、地主たちはいまだに既得権益を活用して多大な利益を得ているというわけだ。
さらに相続法の問題もある。英国では従来、地主が死亡した場合に長子相続権が認められてきた。つまり残された土地はまとめて長男がすべて受け取るため、広大な土地が分散されていくという事態が起きることを防いだ。
ちなみに、ロンドン中心部を通るリージェント・ストリートや巨大な公園ハイド・パークといったものは王家の所有物。つまり、旅行ガイドブックに掲載されているようなロンドンの観光名所は、最終的にはほぼ全て有産階級によって所有されている、というのが実情のようだ。
リージェント・ストリートやハイド・パークは王家が管轄するThe Crown Estateの所有となっている
2英国貴族ってどんな人たち?
英国貴族とは、英国における一定の爵位を保持している人物またはその家族のこと。爵位とは、主に18~19世紀初頭にかけて、当時の各地の支配者がそれぞれの地域の有力者や功労者に授与した栄誉称号のことを指す。英国にはイングランド、スコットランド、グレート・ブリテン、アイルランド、イギリス連合王国といった異なる場所または時代に創設された爵位が存在しており、イングランドを筆頭に先に述べた順から序列が出来ている。
貴族と見なされる世襲の爵位の数は、通常は下の表に挙げた5種類。Baron(男爵)の下に「サー」の称号を持つナイト爵があるが、これは一代限りとなっている。さらにはチャールズ皇太子などが持つ王族公爵、また貴族院議員の多数を占める一代限りの男爵などがいる。
最高位となるイングランドの公爵だけでも10名存在しており、全ての土地における全爵位の数は数百に及ぶとされる。ただ日本のように家系に与えられるのではなく、基本的に土地の所有者に与えられるため、いくつも異なる土地の爵位を掛け持ちする場合もしばしばだという。
英国にあるその他の由緒正しき名家
スペンサー家 The Spencer Family
故ダイアナ元妃は、現在の第9代スペンサー伯爵の姉。イングランド中東部ノーフォークに広大な土地を持っており、現在はマナー・ハウスの経営などに携っている。
スタンリー家 The Stanley Family
かつては王位継承権も保持していた名家で、ダービー伯爵の爵位を持つ。第12代ダービー伯爵が経営していたエプソン競馬場で行われる競馬レース「ダービー」の名を冠していることでも有名。
パーシー家 The Percy Family
イングランド最北部の地ノーザンバーランドにおける公爵の爵位を受け継ぐ貴族。イングランドで2番目に大きな規模の住居であるアニック・キャッスルを保有している。
英国の貴族制度
英語 | 日本語 | 通常の呼び名 |
---|---|---|
Duke(Dutchess) | 公爵 | Duke+地名 |
Marquess(Marchioness) | 侯爵 | Lord+地名 |
Earl(Countess) | 伯爵 | Lord+地名 |
Viscount(Viscountess) | 子爵 | Lord+名字 |
Baron(Baroness) | 男爵 | Lord+名字 |
*カッコ内は女性の爵位。スコットランドの制度は若干異なる
*夫人など女性に対する呼び名としては、Dukeの代わりにDuchess、それ以外の世襲爵位に対してはLordの代わりにLadyを用いる
爵位を授与された著名人
3爵位販売ビジネスとは?
インターネット上などで「英国貴族の爵位販売致します」と書いた広告を見かけたことはないだろうか。「爵位ご購入のお申込みは、先着順となっております。買うなら今!」「爵位を持てば、あなたの人生は一変します」「今年のクリスマスには、ちょっと変わったプレゼント―爵位をお届け致します」など、いかにもいかがわしい文言が並ぶが、果たしてこの爵位販売ビジネスとはどういった仕組みになっているのだろうか。
その多くが、事務的な手続きを経て名前をそのまま変更してしまう方法を取っている。英国では条件さえ整えば自由に改名することが認められており、生まれ持った名前に「Lord」と書き加えたり、自分の出生地と特定の爵位を組み合わせた名前を代行申請することを商売としているわけだ。これに加えて土地を購入させて、その登記手続きの際に貴族であることを連想させる名前を登録するという、かなり手の込んだものもある。いずれにしても、貴族の「ような」名前に変更できるだけで、本当の爵位を得ることができるわけではない。ただ意外にも特に本国に住む米国人に被害者が多いらしく、米国大使館のウェブサイトに警告が出されたほど。米国人の、英国への隠れた憧れを表しているのかもしれない。