新型コロナウイルス感染対策の基本 意外な手洗いの話
日常ですっかり習慣化されている手洗いだが、ウイルスから身体を守るのに有効な手段だと認識されたのは案外最近のことらしい。新型コロナウイルス感染防止に一役買っている手洗いにまつわる小ネタを集めてみた。
衛生的な手洗いの歴史は比較的新しい
手を洗う行為自体は、古代から複数の宗教の中に存在してきた。ユダヤ教では食事の前や帰宅後に、イスラム教では礼拝の前に手を洗う。神社を参拝する前に手水舎(てみずや・ちょうずや)で手を洗う作法と同じで、そのどれもが身を清めるための儀式にとどまり、衛生的手洗いとはかけ離れたものだった。「手に付着した何かが感染症を引き起こす」という仮説が生まれたのは実は1840年代に入ってから。残念ながら当時はまだ細菌学が確立される前であり、提唱者であるハンガリー人医師、センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ(1818~1865年)の先進的な考え方はなかなか理解されなかった。
センメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ博士。最後は精神病院で亡くなった
センメルヴェイス・イグナーツの早過ぎた発見
1846年、オーストリア帝国のウィーン総合病院・第一産科で働いていたセンメルヴェイスは、産後に発熱が続く産褥熱による産婦の死亡率の高さが、同院の第二産科に比べ著しく高い原因を知りたかった。恐ろしいことに、この時代はミアズマと呼ばれる気体が病気を蔓延させると信じられていたため、死体解剖を行った医師が手を洗うことなくお産に立ち会うことはごく当たり前に行われていた。
ある日センメルヴェイスの同僚が産褥熱で死亡した患者の遺体の検体解剖を行った際に指を傷つけてしまい、その後産婦と似たような症状を発し死亡してしまう。これを見て「死体の粒子が産婦を汚染しているのでないか」と仮説を立てたセンメルヴェイスは、解剖台の臭い消しに塩素消毒が使われていることにヒントを得て、次亜塩素酸カルシウムで手の消毒を実行。結果死亡率が大幅に下がったものの、中・上流階級出身の医師集団にとって「自分の手が汚い=貧困層のようだ」という事実は受け入れがたく、センメルヴェイスは医学界から追放されてしまう。
奇しくもセンメルヴェイスが亡くなる19世紀半ばごろは、ルイ・パスツール、ロベルト・コッホ、英外科医のジョセフ・リフターなど欧州各地で学者・医師が見えない敵に対し独自のアプローチを行っていた時期でもあった。医療業界にはびこる常識が科学的根拠によって打ち砕かれたのは1890年代に入ってからで、手洗いは医療現場から一般市民へと広がっていく。
センメルヴェイスの著作をもとに作成した、第一産科における産褥熱の死亡率の推移。センメルヴェイスが塩素消毒法を導入した1847年5月半ば(赤線)から明らかに低下している
新型コロナウイルスには手洗いが有効
先人が生きていた時代と異なり、現在はマスクや手指用のアルコール消毒など、対策グッズが世に多く出回っているものの、新型コロナウイルスに対する感染予防には手洗いの方が有効のようだ。
咳やくしゃみをするときに手で口を抑えたり、電車やバスなどの手すりを掴んだりすることで、手は自然と病原体の温床へと化していく。「ガーディアン」紙(電子版)によると、人間は2~5分に1回、手で顔に触れているそうで、汚い手で無意識に目、鼻孔、口などに触れてしまうとさらに感染リスクが高まる。大切なのはとにかく手からウイルスを洗い流すこと。新型コロナウイルスの表面は脂質二重層になっており、せっけんはその脂肪層を融解させることができるので手洗いにかなりの効果が期待できるという。アルコール消毒も有効だが、こちらはウイルスを「死滅」させるものであり、手洗いとはその役割が異なる。
自分だけの手洗いソングが作れるウェブサイトが登場
現在政府は20秒間の手洗いを推奨している。これは「ハッピー・バースデー」の曲を2回歌う時間と同じくらいなのだが、もし自分の好きな曲でできたらより積極的に手を洗えるのではないだろうか。新型コロナが流行し出してすぐ、英中部ノーザンプトン在住のウィリアム・ギブソンくんは手洗いソングの歌詞カードが簡単に作れるウェブサイト「ウォッシュ・ユア・リリックス」を開発。ウェブサイトにて曲名とアーティスト名を入力するだけでNHS(国民医療制度)が推奨する13ステップの手洗い図解シートに自動的に歌詞が振り分けられ、オリジナルの歌詞カードが作れるという楽しいシステムだ。お子さんや身近に高齢者の方がいたら、ぜひ家族のために作ってみてはいかがだろうか。
歌詞カード。1番人気のある曲は英バンド、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」だそう
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