英国から足を伸ばしやすい隣国アイルランド。
スコットランド、ウェールズやコーンウォールと並んで
ケルト文化が色濃く残るアイルランドでは、今も各地で神話や民間伝承、
そして妖精伝説が語り継がれています。
首都ダブリンを中心に訪れた筆者も、行く先々で妖精にゆかりのある物事に遭遇しました。
この旅路と各地から持ち帰った摩訶不思議なおみやげを、
うつのみや妖精ミュージアム名誉館長の井村君江先生に伺った解説とともにご紹介します。
(文・写真: 山岸 早瀬)
旅の拠点は首都ダブリン
ロンドンの各空港からダブリン空港までは飛行機で片道1時間ちょっと。アイルランドの首都ダブリンは、ケルトの小さな町を源流とした文化的な町。オスカー・ワイルドやジェームズ・ジョイスなど同地出身作家ゆかりの地は世界中のファンを惹きつけ、パブや路地は音楽とギネス・ビールを楽しむ人々で賑わっています。こうした文化資源を基にした観光都市でもあるダブリンでは、市内を回るウォーキング・ツアーやケルトの遺跡を巡る郊外への日帰りツアーが日々開催されています。
アイルランドと妖精
アイルランドは妖精大国だと耳にしたことのあった筆者は、「どこもかしこも妖精づくしなのでは」と淡い期待を胸に、いざ入国。しかし幸か不幸か、どうもそれらしき景色は見当たりません。というのもアイルランドの妖精とは、暮らしや自然の中に溶け込むように、そしてお話を通して人々の心の中に存在するものなのだそう。これは妖精が、この地にキリスト教が入ってくる以前のケルトの古い信仰を源流とした、超自然的な存在への崇拝心から生まれたものだからなのだと言います。理解できたような、できないような気持ちのまま観光を続けていると――行く先々で、妖精ゆかりの不思議な物事に遭遇したのです。結果的に「妖精珍道中」となったこの旅から持ち帰ったおみやげを通して、アイルランドの妖精の世界をのぞいてみましょう。
妖精伝説をコレクション
National Leprechaun Museum 国立レプラコーン博物館
ダブリンを流れるリフィー川(River Liffey)はアイルランド語で「生命の川」を意味し、その名の通り、都市生活の源です。川に架かるダブリン中心部のオコンネル橋(O'Connell Bridge)から、川沿いに西に向かって10分ほど歩き北上すると、緑色の建物が見えてきます。こちらがアイルランドの神話、伝説と民間伝承をテーマとした国立レプラコーン博物館です。
ガイドが肉声で語る話に耳を傾けながら、関連アトラクションが用意された各部屋を巡ります。小人になった気分に浸れる巨大なテーブルや椅子のある部屋では、写真撮影も楽しめます。なおレプラコーンとは、アイルランドで最も人気のある妖精で、ひげを生やした老人の姿をした小人の靴屋です。地下に宝を隠し持っているので、捕まえれば大金持ちになれると言われていますが、人をだます知恵も豊富だとか。
併設のギフト・ショップには、妖精関連の専門書やレプラコーンのグッズが並んでいます。
「Leprechaun Crossing(レプラコーンが通ります / レプラコーンに注意)」と書かれた、道路標識のような黄色いマグネットを見つけました。
- オコンネル橋から川沿いにR148を西に進み、Jervis Streetを北上。
または路面電車ルアス(Luas)に乗ってジャーヴィス駅(Jervis Luas Stop)下車 - 大人€12.00、子供€8(3歳以下は€3)
- 10:00 - 18:30
- Twilfit House, Jervis Street, Dublin 1
- +353 (0)1 873 3899
- ジャーヴィス駅(Jervis Luas Stop)
- www.leprechaunmuseum.ie
ダブリンの老舗ブック・ショップ
Eason イーソン
ダブリン有数の大通りであるオコンネル・ストリート(O’Connell Street)。リフィー川沿いに威風堂々と立つカトリック教徒解放運動の指導者、ダニエル・オコンネルの像から北に向かって2分ほど歩くと、深緑と金で飾られたレトロな時計と「EASON」の文字が目に止まります。
こちらは19世紀創業の老舗ブック・ショップで、アイルランドと北アイルランドに60店舗以上を展開。なかでもオコンネル・ストリートの本店は、地元民と観光客の双方で終日賑わっています。
1階にはアイルランド関連書が多く、アイルランドゆかりの作家であるオスカー・ワイルド、ジェームズ・ジョイス、ウィリアム・B・イェーツらの文学作品から、欧州の神話や伝説の専門書まで豊富にそろっています。2階には文房具やおもちゃ、ギフト・カード、DVDのほか、カフェ&レストランも。
店内に入ってすぐ左にある雑誌コーナーに、「妖精ライフスタイル・マガジン」なる珍しい雑誌が置いてありました。
誌名は「Faeries And Enchantment(FAE)」。発行元は、同じくケルト文化が残る英コーンウォールの出版社のようです。
- Eason O'Connell Street
オコンネル橋からO'Connell Streetを北上 - 月~水、土 8:00-19:00 / 木 8:00-21:00 / 金 8:00-20:00 / 日 12:00-18:00
- 40 Lower O'Connell Street, Dublin 1
- +353 (0)1 858 3800
- www.easons.com
民家のお宝からガラクタまで
Dublin Sunday Markets ダブリン・サンデー・マーケット
中心部のオコンネル橋から南西に向かって徒歩約25分。この国にキリスト教を広めたという聖パトリックが眠る聖パトリック大聖堂(St Patrick's Cathedral)を過ぎ、「Newmarket」という看板で左折すると、大きな駐車場があります。毎週日曜日、80年代よりこの一角で、ダブリンのCo-op(生協)が主催する日曜マーケットが開かれています。第一日曜日は古着フェア、最終日曜日はフリーマーケットなど、毎週異なるテーマで開催されているのが面白いところです。
地元のアンティーク・ショップやアーティスト、一般家庭の人々など幅広い層がストールを出すため、アイルランドならではの掘り出しものが手に入ります。商品のなかには、本屋にもみやげもの屋にも置いていない、アイルランドの古い資料や手作りの民芸品も。ロンドンに比べて値段もお値打ちです。
一般家庭の出品者のブースにて、「Fairy Stone(フェアリー・ストーン)」とだけ説明が書かれた、赤いリボンが通された石を見つけました。石には穴が空いているようです。
- 聖パトリック大聖堂前からR110を西に進み、
St. Lukes AvenueでNewmarket の看板に従って左折 - 日 11:00-17:00
- Newmarket Square, Dublin 8
- www.dublinfood.coop/drupal/?q=sundaymarkets
ケルトの聖地
Hill of Tara タラの丘
タラの丘は、ダブリンから車で北西に40分ほど行ったところにあるミース州ナヴァン(Navan)に位置する丘陵です。ダブリン市内発着の日帰り観光ツアーもあります。
紀元前3世紀ごろにアイルランドに移住してきたケルト人。タラの丘は、ケルトの古代王国を始めとして、アイルランドの大王が居住したとされる土地です。丘の頂には、周囲が1000メートルほどの鉄器時代の要塞跡が残されており、「王の砦」と呼ばれています。この要塞の中心部にそびえる立石の前では、王が即位の儀式を行ったと言われています。その後も何世紀かにわたり政治的、宗教的拠点として機能し、今もアイルランド人にとっては聖地として慈しまれている場所です。
なお、映画「風とともに去りぬ」のアイルランド系米国人の主人公、スカーレット・オハラが住む土地「タラ」は、この地名に由来します。
タラの丘には、「妖精の木(フェアリー・ツリー)」と呼ばれる大木がそびえ立っています。カラフルなリボン、チケットの半券、靴下、はたまたブラジャーまで、様々なものが吊るされています。思わず写真に収めました。
- ダブリンから送迎ツアーあり。詳しくは、ダブリンのツーリスト・インフォメーション(Suffolk Street, Dublin 2、Tel: +353 (0)1 605 7700)まで
車で: ダブリンから約40分。N3でNavanに向かって北上し、Dunshaughlin という町を過ぎてから左折 - 大人€3.00、子供€1.00
- 10:00-18:00(ビジター・センター。9月17日以降はクローズするが、敷地内見学は年間を通じて自由)
- Navan, Co. Meath
- +353 (0)46 902 5903(オフ・シーズン中は+353 (0)41 988 0300)
- www.heritageireland.ie/en/hilloftara
日本の妖精研究第一人者
井村君江先生によるおみやげ鑑定
アイルランドから持ち帰った不思議な「おみやげ」を鑑定していただくべく向かったのは、日本の宇都宮市。日本の妖精研究の第一人者として知られる「うつのみや妖精ミュージアム」名誉館長の井村君江先生を訪ねました。
井村先生の鑑定
「これは懐かしいですね。作家の故・司馬遼太郎さんが、写生して私に送ってくれた絵葉書があるの。ダブリンから車でずっと行った西の峠に、「レプラコーン・クロッシング」という立て札が実際に存在する場所があるんですよ。詳しくは、司馬遼太郎さんがロンドンからリバプールを通ってアイルランドに行かれた『街道をゆく<30><31>愛蘭土紀行I、II』を読んでみてくださいね」
「今はこんな雑誌も出ているんですね。雑誌名のスペリングはFaeriesになっていますね。これは古い英語で、妖精学の調査では今でもこう書きます。ちなみにコーンウォールでは妖精のことはPixy(ピクシー)、隣町ではPaxy(パグシー)と呼びます。私の書きました『妖精学大全』では、英国、アイルランドを中心に、ヨーロッパの民間伝承やケルト神話の妖精約300種を解説しています」
「これは別名Witch Stone(魔女の石)、あるいは ハグ・ストーン(Hag Stone)と言います。Hagとは魔女のことで、魔女除けに使われる石ですよ。穴がたくさん空いているでしょう? この石を持っていれば、魔女が来てもこの穴に入って、どこから出たらいいのか分からなくなる、という言い伝えがあります。私もアイルランドでずいぶん集めましたよ」
「この地はケルトにとって重要な土地ですから、何度も訪れたことがあります。当時は木だけで、今はリボンが結ばれていますね。フェアリー・ツリーの別名はウィッシュ・ツリー(Wish Tree)で、願いを込めて木に赤いリボンを結ぶと、その願いがかなうと言われています。フランスのブルターニュにある妖精の森には、赤いリボンでいっぱいになったフェアリー・ツリーがありますよ」
井村先生のプロフィール
うつのみや妖精ミュージアム名誉館長。福島県妖精美術館館長。明星大学名誉教授。1965年、東京大学大学院人文比較文学博士課程満期退学。1977年、ケンブリッジ及びオックスフォード大学ヴィジティング・スカラー。著書に「ケルトの神話―女神と英雄と妖精と」(ちくま文庫)、「妖精学入門」(講談社現代新書)、「妖精学大全」(東京書籍)、など多数。
井村先生が英国とアイルランドで長年にわたって研究・収集した
貴重な妖精関係の資料が展示されている博物館
うつのみや表参道スクエア内 市民プラザ5階
Tel: +81 (0)28 616 1573
入場無料 10:00-20:00
JR「宇都宮駅」西口から徒歩10分、またはバス5分
www2.ucatv.ne.jp/~ufairy-m