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早稲田アカデミー 夏期講演会 in ロンドン
Sun, 09 August 2020

第47回 十七回目の引っ越しを前に。

月日がたつのは、本当に早い。小欄も、つい先日、年越しの話題を書いたばかりだったのに、来週はもう3月だ。

日本の暦に従えば、3月は別れの季節である。あとわずかで私もロンドンを去り、日本に赴任する。もっとも家の片付けは予定通りに進まず、さすがに、少し追い込まれた気分になってきたが。

この季節になると、「卒業」をイメージしたり、思い出したりする人も多いと思う。

昨年のこの時期、私はロンドン日本人学校の卒業式に立ち会った。いつの時代のどの学校の卒業式もそうであるように、厳粛な雰囲気の全体セレモニーよりも、それが終わって教室に戻ってからの小1時間が、生徒や先生にとっては、本物の卒業式である。

中学部のある教室では、生徒1人ずつがロンドンでの学校生活を振り返り、それぞれの思い出を語っていた。まさに文字通りの、笑いあり、涙あり。拍手があって、すすり泣きが起きて、歓声が上がり、冷やかしの声も出た。

その中で最も印象に残ったのは、壁側の後ろの席に座っていた男子生徒の言葉だ。小柄で、なかなか感じの良い生徒だった。

「ぼくがロンドンに住んで一番強く思ったのは、日本とイギリスがものすごく近いということです。こんなに近いとは思いませんでした」

淡々とした話し方だったこともあって、大きな笑いも歓声も起きなかった記憶がある。でも、私はしびれた。中学3年生が、いかに地球が狭いか、などということを実体験に基づいて語るのである。

すごい時代になったと思う。あの生徒の子供が中学校を卒業するころには、その子は、卒業式でいったいどんな感想を漏らすのだろうか。

私は中学校、高校の卒業式の記憶がほとんどない。ただ、卒業が近付いた高校3年生の、ある秋の放課後のことは、妙にいつも思い出す。

その日、校舎の端にあった理科室で、進路相談のため、私は担任の先生と向き合っていた。理系コースに在籍しながら物理と数学が大の苦手で、定期試験は赤点前後の点数しか取れない。それでいて、天文学者になりたいと言い、「天文学を学べるのは東大か京大しかないので、どっちかを受験します」と譲らないから、先生も困り果てていたはずだ。

理科室の天井の蛍光灯は、節約のため、半分ほど消されていた記憶がある。やや暗い部屋の中で、先生の白衣がやけに白かった。

先生は「無理だ」とか「ダメだ」とか、そういう言葉を言わない人だった。その日も私の話にじっくり耳を傾け、しかし、こんな言葉を繰り返した。

「ぼくは物理の教師をやりゆうき分かるけんど、宇宙は宇宙にだけあるわけやないぜ。分かるかえ?」

当時は、分かったようで分からなかった。それでも、あのころ、一番心に残った言葉だったと思う。

結局、東大や京大どころか、どこの大学にも入れず、私は郷里の高知を離れた。東京で新聞販売店に住み込み、それから大学に入った。埼玉県で物流関係の仕事に就き、そして北海道新聞社に転職した。

そして、今度の日本への帰国が、人生で17回目の引っ越しになる。

そのときは分からなかったが、あの秋の放課後、担任の先生は「一つの考えに凝り固まらず、広い世界を見なさい」と言いたかったのだと思う。

ロンドン日本人学校での彼が言ったように、世界は狭い。ロンドン・東京間は、飛行機でたった10数時間だ。私の子供時代、地図上では果てしなく遠くに見えた世界が、実際は驚くほど近い。そして、その距離の間では、数え切れない人々が数え切れないほどの社会をつくっている。仮に、高校生のころ、私の成績がものすごく良くて、超難関大学に入学し、天文学の世界に進んでいたら、逆にそうした「宇宙」は見えていなかったかもしれない。

だから、引っ越しの多い、曲がりくねった人生も、そう悪くはないと感じている。

約1年にわたって連載してきた小欄は、今回でひとまず休止します。長い間、ご愛読、ありがとうございました。

 
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高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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