ニュースダイジェストのグリーティング・カード
Thu, 21 November 2024

第41回 クリスマス前の1通のメール。

英国から日本へ一時帰国し、数日前から東京に滞在している。東京もロンドンと同様、クリスマスの装飾は溢れんばかりだ。もっとも、金融危機や世界的な不況のせいか、東京もロンドンも、華やかさや賑やかさは例年ほどではないように映る。

この時期になると、1通のメールを思い出す。東北の山間部に住む学生時代の友人が、2005年のクリスマス前に送ってきたものだ。

彼は、冗談好きで、明るく、穏やかで、モテた。卒業後は家業を継ぐため帰郷。青年団活動のほか、町おこしにも力を注ぐなど、地元に根を張って暮らしてきた。

お久しぶりです。メールをもらいながら、なかなか返事も出来ず、すみませんでした。

君は君の道をちゃんと歩んでいるんだなと、うれしくも、ややうらやましく思いつつ、メールを読ませてもらいました。

……こちらは、ひと言で言えば、家業のガソリン・スタンドの不振に喘ぎつつ、3人の子供と妻、両親のために「死なない」で必死に戦っております。

億の位の借金を抱え、体力の限り頑張って頑張って、でも、頑張っても頑張っても、なかなか事態の打開には至らないのが現実です。この状況で精神的にも鍛えられ、学生時代の、ひょうきんな自分はすっかり影をひそめてしまいました(笑)。

君の「新聞とは何か?」という自問に負けず劣らず、「生きるとはどういうことか?人生とは何か?」を毎日考えずにはいられません。「今までの人生、ほんとに甘かった。人に甘えて生きてきたんだな」と自分を責めたり、でも、一方でそうは思えない自分がいます。

この1年、身近なところで3人も自ら命を絶ちました。その度、自身の命も削られる思いをしました。あまりに過酷だと思います。普通の人間が、普通に努力しているだけでは、普通に生きられない社会。この現状に憤りとむなしさを覚えます。

……でも、決して負けるわけにはいかないのです。もがいて、這い上がって、必ず事態を変えてみせます。「逃げない」ことが子供たちへの、自分にできる最大のメッセージだと思っています

このメールをもらった後、3回のクリスマスが通り過ぎた。

身近な例がなければ、なかなか実感はできないが、友人が言う「普通の人間が、普通に努力しているだけでは、普通に生きられない社会」とは、何だろうと思う。世界有数の経済大国でありながら、経済苦を理由とした男性を中心に毎日約100人、年間で約3万人が自死を選ぶ社会とは、何だろうと思う。

久々に見る師走の東京では、夜、都心の幹線道路に「路上寝込み多発中!前方注意」という電光表示が光っていた。有力企業を中心に大規模な人員削減も相次いでいる。英国から大阪に戻ったばかりの知人は、職場の様子を伝えるメールで「大阪の不景気はひどい。数年前と同じ街とは思えない」と伝えてきた。この知人の近しい人も最近、自ら人生を閉じたという。

経済のグローバル化と規制緩和が世の中全体を覆う中、日本は「人と人」「社会と人」のつながりを猛速度で失った。地域でも企業でも労組でも学校でも、それぞれの内部では「バラバラ感」が倍加している。そうした傾向が、この不況の中で、一層加速しているように思う。

3年前のメールでも、友人はそれを指摘していた。そして、長い文章の最後に「ありきたりですが、ばらばらにされた1人1人を結ぶ大きな仕事を君の力でぜひ実現してください」と書いていた。

その言葉を聞くことは、苦しくもあった。今もそうだ。新聞にそんな力が備わっているかどうかには大きな疑問があるし、「記者は読者のためにある」とか言いながら、日々の仕事において、彼のような思いにこたえていると言い切れない自分が常にいるからだ。

滞在中のホテルの1階にある小さなレストランでも、ツリーの光が点滅している。クリスマスまで、あとわずか。メールを出しても滅多に返信の来なくなった友人も、自分が経営する山あいのガソリン・スタンドにツリーを飾っているだろうか。

 

高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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