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極熱か極冷か
英国の人たちと話していると、自虐的なギャグや冗談をとても好んで使っていることに気付きます。その良い例の一つが「英国料理はまずい」というもの。これを信じている英国人はそんなに多くはないのに、特に外国人相手の会話では、笑いを取るためにこのテーマを持ち出す英国人が一定数いる気がします。
つい先日も、習っている合気道の稽古が終わった後に、みんなで日本茶を飲みながらおしゃべりしていたとき、英国人のPがまるで自国をディスるような話題を口にしました。「僕たちブリティッシュのやることは本当に変わっていて、どうかしているだろ!」。にやにや笑いながらPが「どうかしている」と言ったのは、洗面所やお風呂に付いている水道の蛇口のことでした。
在英20年を経て慣れてきたとはいうものの、確かに英国の蛇口については、いまだに私も不便を感じているのは間違いありません。というのも、英国の蛇口は、お湯が出てくるものと、水が出てくるものの二つが別々になっているからです。Pが笑いながら言うには「英国の蛇口はやけどしそうなほどの熱湯が出てくるホットか、手が切れそうに冷たいコールドに分かれていて、決して心地いいぬるま湯で手を洗うことは望めない」とのこと。
確かに家庭の洗面所はもちろんのこと、博物館やデパートなどのトイレの手洗い場でも大抵は蛇口が二つ付いています。これまで何度も、隣で手を洗っている女性が突然出てきた熱湯に「熱っ」と言って手を引っ込める瞬間を見たことがありますし、実際私も、渡英当初に何度もその経験をして、すっかり懲りてしまいました。今ではホットの蛇口から出てくるお湯は、必ず指先で温度を恐る恐る確かめてから使うようになりました。
ちなみに蛇口が分かれている理由ですが、冷水はメインの給水管を通って供給されるので飲料に適しているのに比べ、温水はロフトなどにある貯水槽から供給されていたため、飲用には適さないとされていました(あまり想像したくないですが、時折、ネズミや鳩の死骸などが貯水槽に浮かんでいたりすることがあったそうです)。そのため、水道法によって温水と冷水の混合が禁じられていたというのです。また1965年までさかのぼると、視力障がい者の方に分かりやすいように、温水の蛇口は常に左側に設置するようにと勧告されていたといいます。
シンクには栓があるので、お湯と水の両方の蛇口をひねってシンクにお湯をためて、ちょうどいい温度になってから使うという方法もありますが、公衆の洗面所でこれをやっている人に会ったことは今の所一度もありません。もし英国の二口ある水道蛇口の上手な使い方をマスターしている方がいらっしゃったら、ぜひその方法を教えてください!