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お風呂はリビングで?
「ここがバスルームだよ」。
そう言われて入った絨毯の敷かれた部屋には、アンティークの棚や椅子があり、その真ん中に猫足のバスタブが鎮座していました。蛇口は真鍮のような厳かな感じの色合いで、冷水用、温水用の二つが分かれて付いています。
ここは、ロンドンはショーディッチにある、夫の友人トムの家。英国人は、来客者が来ると、家の中のツアーをしてくれることがあります。トムの家に初めて私が招待されたときも、リビング・ルームとキッチンのある1階からお風呂のある3階まで、一つひとつの部屋を案内してもらいました。学芸員をしていて、アンティークに造詣の深いトムは家にも大変なこだわりがあり、ジョージアン様式の建物の中はまるで博物館のようでした。
それにしても、日本であれば、リビングと呼びたくなるような部屋に、それもそのど真ん中にバスタブがあるのですよ。バスタブとトイレとシンクが一つのバスルームに収まっていたフラット住まいの私からすると、不思議な光景でした。「服はどこで脱ぐの?」「シャワー・カーテンもないから、お風呂に入っているときに誰かが入ってきたら丸見え?」「体はどこで洗うの?」「部屋の中に飾ってあるものは湿気で悪くなったりしないの?」……頭の中を複数の疑問が駆け巡りました。
その後、周囲の英国人に聞いたことを総合すると、どうやら、英国人にとって、お風呂は体を洗うためではなく、リラックスすることに専念する場所だというのが分かりました。だからこそ周りの環境も大切。たとえトムの家のようにリビング風のお風呂場でなかったとしても、キャンドルをつけたり花を飾ったりして、その空間も演出するのです。
それまで映画などではそういうシーンを幾度も見てきましたが、それは高級ホテルやマナー・ハウスのような豪邸だけでなく、一般の家庭でも見ることのできる光景だったというわけです。
お風呂に関して言うともう一つ、「英国人は風呂から出るとき、泡の付いた体を、そのままタオルで拭く」ということにも、日本の常識を打ち破られました。これは梨木香歩さんのエッセイ「春になったら莓を摘みに」にも登場するお話。「イギリス人は皿を洗っても濯ぐことはない。泡がついたまま拭き取るのである。体を洗うときも同じ」という文章の意味が、今なら分かります。シャワーのないバスタブで泡風呂に入った後は、泡付きのまま体をタオルで拭いて、英国ではドレッシング・ガウンと呼ばれるバスローブをまとうのが英国式入浴(後)のお作法(?)なのです。
とはいえ、英国人の名誉のために言うと、シャワー室で体を洗った後には、ちゃんと泡を洗い流しているようです。