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招かない招き猫
結婚式当日に、まさかの離婚騒ぎ? ーそれは、私のウエディング・パーティーで起こった出来事でした。
ファースト・ダンスも無事に終え、私は日本からわざわざ英国まで駆け付けてくれた友人たちと話していました。そして、会場の隅っこで、学生時代の仲間とワインを飲みながらおしゃべりしている夫を紹介しようと、夫と目があったときに手招きをしました。「ちょっとこっちに来て」というつもりで。
ところが、その日式を挙げたばかりの最愛のその人は、とまどったような表情をして、2、3歩後ずさりします。もう一度、「カム・ヒア」と声は出さずに口を大きく動かしながら、手招きしました。夫は振り返りながらさらに後ろへ下がり、壁にへばりついています。「一体、何をしているの?」仕方なく夫に駆け寄って聞きました。夫は真顔で「あっちに行って、って言っていると思ったから、後ろに下がったんだけど」と言うではありませんか。
実はこれ、英国と日本でのジェスチャーの違いによって起こった勘違いです。人を呼ぶとき、日本では招き猫のような手振りをしますよね。一方、英国では手のひらを上向きにして、下からすくうようなジェスチャーをするのです。そして、日本で人を呼ぶときのように上から招く手振りは、逆に人を追い払うときにする動作なのです。
こんな習慣の違いで新婚の私たちが言い争いになるだなんて、第三者目線で見れば、まるでコメディー・ドラマのようです。でも、非言語のこんな小さな振る舞いが、家庭内日英戦争をも勃発させかねないとしたら笑い事ではありません。幸いにも、その時は、お互いすぐにその勘違いを理解し合い、大笑いして済みました。とはいえ、文化や習慣が全く違う国で育った者同士、一緒に暮らしていく第一段階として、とても良い教訓となりました。
こうしたジェスチャーやハンド・サインの国による違いは、これ以外にもあります。例えば、写真を撮られる時に日本人がよくするピース・サイン。撮影のときに英国人がするのを見たことはほとんどありません。またある時、グローバル企業を目指すという、ある日本の会社のウェブサイトで、代表がピース・サインを逆向きにしているのを見て、知人の英国人がびっくりしていました。というのも裏返しのピース・サインは英国ではとても無礼なものとして知られているからです。ウィンストン・チャーチルが逆ピース・サインをしていた写真が残っているようですが、その意味を知ってからは、チャーチルも裏返しピースをすることはなくなったといいます。
同じ手振りでも、ところ違えば意味も変わる。きっと、まだ私の知らない日英の違いがもっとたくさんあるに違いありません。