ニュースダイジェストの制作業務
Thu, 30 May 2024
〜シティを歩けば世界がみえる 特別編〜

トランプに残る歴史の断片カードの隙間から見える英国、再発見!

寅七のトランプと仏画家ジャン・ウジェーヌ・ビュランの作品「賭博場」(1883年)寅七のトランプと仏画家ジャン・ウジェーヌ・ビュランの作品「賭博場」(1883年)

通説によると欧州大陸にトランプ(プレイング・カード)が伝わったのは1370~80年ごろです。紙牌( しはい ) や麻雀の先祖である、中国・唐の時代(618~907年)のマネー・カード・ゲーム「馬弔( マーティアオ ) 」がインドやアラブに広まり、それがエジプト・マムルーク朝(1210~1517年)のプレイング・カードに転じました。そして十字軍を経由してイタリアに、あるいはイスラム教徒を通じてイベリア半島に、トランプが伝来したようです。

「プリメロを楽しむ4人の紳士」(1560年代の作品、作者不詳)エリザベス1世の重鎮たちがゲームに興じる様子。左からウォルシンガム警察長官、セシル大蔵相、ケアリー枢密顧問官、ローリー国王親衛隊隊長「プリメロを楽しむ4人の紳士」(1560年代の作品、作者不詳)エリザベス1世の重鎮たちがゲームに興じる様子。左からウォルシンガム警察長官、セシル大蔵相、ケアリー枢密顧問官、ローリー国王親衛隊隊長

それ以降、トランプは各国で独自に進化していきますが、19世紀の英国で製造されたものが世界各国に輸出され、それが現在のトランプの標準型になりました。トランプの何が変わり、そこにどんな背景があったのか。今回の特集ではトランプの小さな変化を追いながら、その隙間から見えてくる英国の歴史の断片を再発見してみたいと思います。

シティ公認ガイド 寅七

「シティを歩けば世界がみえる」を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫

虎七

Episode 1出遅れていた英国のトランプ国内製造

中国で発明された製紙法は、イスラム経由で12世紀に欧州大陸に伝わりました。トランプもほぼ同じ経路で中国、アラブ、東欧をたどり、14世紀後半にイタリアやスペインに伝わったようです。エジプト・マムルーク朝のカードのスート(suit)、つまりトランプの基本となる四つのマークを見本に、手描きのトランプ作りが欧州大陸で始まりました。イタリアとスペインのカードのスートは剣、カップ、貨幣、こん棒です。室町時代にポルトガルから日本に伝えられた南蛮カルタである、後の天正カルタやうんすんカルタのスートも同じです。

一方、英国はエドワード4世が1463年にトランプ輸入の禁止令を出したので、そのころにはトランプが輸入されていたことが分かりますが、いつ伝来したか正確な日付は不明です。製紙法や印刷術が英国に伝わったのが15世紀終盤なので、英国のトランプ国内製造はかなり出遅れました。

製紙法もトランプも同じルートで欧州にやって来た製紙法もトランプも同じルートで欧州にやって来た

14世紀後半に欧州大陸で始まったトランプ作り14世紀後半に欧州大陸で始まったトランプ作り

カードのスート比較表カードのスート比較表

フルセット残った欧州最古のトランプ「フレミッシュ・ハンティング・デッキ」(1470年ごろ、米メトロポリタン美術館蔵)フルセット残った欧州最古のトランプ「フレミッシュ・ハンティング・デッキ」(1470年ごろ、米メトロポリタン美術館蔵)

Episode 2英国製トランプの原型はフランスのルーアン版

フランスでは15世紀中ごろに活版印刷術が導入されたと同時に出版物の製作に力を注ぎ、パリやルーアン、リヨンで印刷業が栄えました。トランプの生産も始まり、カードのスートをやり、ハート、タイル、クローバーに単純化し、赤と黒の二色に変えて外国に輸出しました。絵札に女王を加えたのもフランスです。

絵札の例(それぞれ上段が1567年のピエール・マレシャル社製、下段が19世紀前半の英米版)絵札の例(それぞれ上段が1567年のピエール・マレシャル社製、下段が19世紀前半の英米版)

英国ではルーアンから輸入されたトランプが普及しましたが、スートの英国での呼称はそれぞれスペード、ハート、ダイヤ、クラブでした。国王チャールズ1世が1628年、シティのトランプ製造ギルドに勅許を与えると同時にトランプの輸入を禁じ、国内で生産されたスペードの1番に納税印を付すことを義務付けました。その名残でスペードの1番の図柄だけ今でもユニークな姿になっています。なお、英国製トランプはルーアンのピエール・マレシャル社(Pierre Maréchal)製の1567年版を模範に作られました。

ネーブ(家来)の絵札。ジャックと呼ばれるのは19世紀後半からネーブ(家来)の絵札。ジャックと呼ばれるのは19世紀後半から

左から19世紀、20世紀、21世紀のスペードのエース。 右の写真以外には中央に納税印がある左から19世紀、20世紀、21世紀のスペードのエース。 右の写真以外には中央に納税印がある

Episode 3英国製トランプの絵札には「自殺王」も

初期のパリ版の絵札は、騎士道叙事詩の英雄をモデルとして、キングに♠ダビデ王、♥カール大帝、♦シーザー、♣アレクサンダー大王の名前がカードに示されていました。でもルーアン版ではハートがアレクサンダー大王、クラブがカール大帝です。カール大帝はフランク王国君主、かつローマ帝国皇帝なので宝珠を持っています。一方で、英国のカードの絵札には王の名前が一切入りませんが、ルーアン版を引き継いだのでクラブのキングが宝珠を抱いています。

左から♠ダビデ王、♥カール大帝、♦シーザー、♣アレクサンダー大王左から♠ダビデ王、♥カール大帝、♦シーザー、♣アレクサンダー大王

英国版のハートのキングが頭に刀を刺して自殺しているように見えたり、口ひげがなくなったのは、それがパリ版ではカール大帝、つまり敵国フランス王なので手抜きをしたからでしょうか。なお、フランスでは絶対王政の時代まで絵札のモデルは王族に限られていましたが、フランス革命で王政が廃止された後は1番強いカードがキングからエースに交代しました。

クローバーのキングの十字架付きの宝珠(左)と宙に浮いた宝珠(右)クローバーのキングの十字架付きの宝珠(左)と宙に浮いた宝珠(右)

英米版ハートのキングのニックネームは自殺王英米版ハートのキングのニックネームは自殺王

現代標準版の宙に浮く宝珠(左)と口ひげのない自殺王(右)現代標準版の宙に浮く宝珠(左)と口ひげのない自殺王(右)

Episode 4英国製トランプを機能改善させた立役者

英国では1628年にトランプの国内生産が奨励されたものの、清教徒革命(1639~53年)でトランプが全面的に使用禁止。1660年の王政復古で復活したものの、66年のロンドン大火で製造会社は焼失し、印刷の技術改善もあまり進みませんでした。ところが18世紀後半から植民地経営で裕福になった上流階級が動き出します。

富裕層の社交場があちこちに作られ、保養地である英西部バースを大人の高級社交場に変えたボー・ナッシュや、ジェントルメンズ・クラブでカード・ゲームに夢中になってサンドイッチを発明したといわれるジョン・モンタギュー、そして魚屋の倅から成功して英国初のカジノを設立したウィリアム・クロックフォードなど、有力者が続々登場。当時の上流階級はトランプの賭け事を賞金獲得目的のギャンブルではなく、熟練と運を楽しむ知的遊戯として捉え、フェアプレイ精神とルールを重視しました。

バースを高級社交場に変えたボー・ナッシュ(図右)バースを高級社交場に変えたボー・ナッシュ(図右)

ジェントルメンズ・クラブとトランプが社交の鍵ジェントルメンズ・クラブとトランプが社交の鍵

英国初のカジノ、クロックフォーズ・クラブ(1823年)英国初のカジノ、クロックフォーズ・クラブ(1823年)

カジノで人気の絢爛豪華なカード・プレイカジノで人気の絢爛豪華なカード・プレイ

Epsode 5スポーツと同様、フェアプレイ精神が大切

上流階級の賭け事の対象にスポーツがありましたが、この階級にとってはフェアプレイ精神が何よりも大切。トランプも同じで、19世紀を通じてさまざまな工夫が施されました。まず、絵札の確認でカードを逆さにする必要がなくなるよう、絵札に描かれた単身像を上下対称の半身像に変えました。次にカードの裏地の汚れや擦れた四つ角で判別されないよう裏地のデザインを複雑化し、四隅の角も丸くしました。さらに扇のように広げてもカードを即座に識別できるように左上端と右下端にスートと印字を加えました。

19世紀前半の絵札(上段)と、上下対称の半身像になり、手に持つ武器や花が小さくなって、顔向きも変わった19世紀後半の絵札(下段)19世紀前半の絵札(上段)と、上下対称の半身像になり、手に持つ武器や花が小さくなって、顔向きも変わった19世紀後半の絵札(下段)

ところが絵札のKnave(王家に仕える家来)のKnが王様のKと間違いやすいため、一般人の名称であるJackに変えて印字がJになりました。また、その余白作りのために六つの絵札の顔向きが反対向きにされ、剣ややり、花のサイズが小さくなりました。

汚れが目印にならないよう裏地に複雑な模様を入れ、四隅は丸い汚れが目印にならないよう裏地に複雑な模様を入れ、四隅は丸い

キングと間違いやすかったKnaveキングと間違いやすかったKnave

Epsode 6トランプからセキュリティー技術へ発展

 19世紀初頭の英国にはトランプ製造会社が14社以上ありましたが、やがて二大会社に収れんされていきました。その二つとはトランプ製造一筋のチャールズ・グッダール氏によるグッダール社(Charles Goodall & Sons)と、麦わら帽子製造から文房具、印刷業まで多角経営を行ってきたトマス・デ・ラ・ルー氏のデ・ラ・ルー社(De LaRue plc)です。グッダール社のトランプはデザインの素晴らしさで知られ、デ・ラ・ルー社のものは多色刷りが見事でした。

ロンドン北部カムデンにあったグッダール社のトランプ工場ロンドン北部カムデンにあったグッダール社のトランプ工場

グッダール社製(上段 1902年)とデ・ラ・ルー社製(下段 1900年)のトランプグッダール社製(上段 1902年)とデ・ラ・ルー社製(下段 1900年)のトランプ

トランプ製造から認証技術の世界最先端へトランプ製造から認証技術の世界最先端へ

残念ながら第一次世界大戦で被災したグッダール社はデ・ラ・ルー社に統合されました。同社は1969年にトランプ部門を他社に売却。その後のデ・ラ・ルー社は、トランプで培ってきた印刷技術と偽造や不正防止のノウハウを利用し、切手や鉄道切符、パスポート、免許証、銀行紙幣など偽造防止印刷を性能化。さらにID認証やデジタル決済の暗号化技術で、現在は世界をリードする認証技術会社になっています。

ロンドン中心地カドガン・スクエアのトマス・デ・ラ・ルー氏旧邸ロンドン中心地カドガン・スクエアのトマス・デ・ラ・ルー氏旧邸

「シティを歩けば世界がみえる」バックナンバーはこちら

 
  • Facebook

JRpass bloomsbury-solutions-square

英国ニュースダイジェストを応援する

定期購読 寄付
ロンドン・レストランガイド
ブログ