Yutaka
Sun, 17 October 2021

第194回 ロンドン・オリパラの成功の後も

2012年のロンドン五輪・パラリンピックはロンドン東部ストラトフォードの競技場を中心に開催され、大いに盛り上がりました。実はストラトフォードは長らく産業廃棄物の投棄による河川汚染や古びた倉庫街が並ぶだけの場所でしたが、オリパラを機に汚名返上。土壌洗浄や河川整備をはじめ、大規模な再開発を行い、今では自然豊かな美しい街に変わっています。かつての姿を知っている者からすればその変貌ぶりに驚きを隠せません。

ロンドン・スタジアムとリー川ロンドン・スタジアムとリー川

ストラトフォードはその語源が「浅瀬を渡る道」であるように、リー川がテムズ川に合流する氾濫原に位置しています。雨が多いと大きな氾濫が起きたので、12世紀初めにヘンリー1世が安全に川を渡れるよう弓の形をしたボウ橋の建設を命じます。その橋の名が現在のボウ地区の由来になりますが、ボウ橋は頻繁に起きる氾濫のために管理が大変でした。その管理を任されたのが1135年に設立されたストラトフォード・ラングソーン修道院。

旧選手村は立派な街に変貌旧選手村は立派な街に変貌

テムズの潮汐(ちょうせき)の影響を受けてリー川下流域にも潮の干満があったため、修道院は水門を設け、水車で排水すると共に、潮汐水車で製粉事業も行いました。中世には少なくとも8つの大きな水車があったそうで、ロンドンのパン用小麦のほとんどはこの修道院が供給しました。世界最大の潮汐水車スリー・ミルズ(Three Mills)は、今も遺跡として残っています。

12世紀からあるボウ橋12世紀からあるボウ橋

やがて、この修道院が保有していた水車の一つが19世紀に大きな発展を遂げます。それがアビー・ミルズ(Abbey Mills)です。1858年夏に暑さが原因で起きた大悪臭事件(The Great Stink)をきっかけに、エンジニアのジョゼフ・バザルジェットがロンドンに下水道網を作り、アビー・ミルズにロンドン中の下水を集めました。そこに巨大なポンプ場を作って下水を吸い上げ、ロンドン東部ベクトンの下水処理場に送ったのです。ロンドンから悪臭とコレラ感染を減らすことに成功した大事業でした。

スリー・ミルズ潮汐水車

設計当時のロンドンの人口は400万人ほど。ところが今や900万人以上です。そのため雨水が流れ込むと下水管の処理能力を超えてしまい、あふれた下水は直接テムズ川に放たれます。そこで現在、2024年の完成を目指してロンドン西部からアビー・ミルズにテムズ・タイドウェイ・トンネルという新しい下水トンネルを建設中です。ロンドン・オリパラが成功した後も地球に優しく、市民が健康で明るく過ごせる街づくりに終わりはありません。

アビー・ミルズの下水ポンプ場アビー・ミルズの下水ポンプ場

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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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