第5回 白鳥とワインと夏の十字星
毎年7月の第2水曜日、チューダー朝の衣装を着た人たちが行列しながらサザーク橋近くの聖ジェームズ・ガーリックハイス教会に向かいます。先頭には箒を持ったワイン・ポーター、その後に花束を抱えた人々が続きます。新しいワイン商ギルド(ギルド=同業組合)の長の就任を祝う為、教会に向かう行列です。中世時代の道の汚れは酷く、箒で掃きながら花の香りで悪臭を消す必要がありました。この伝統行列は何百年も続いています。
よく見れば、教会の門には葡萄のデザインが施されています。ワイン商ギルドから贈られたものです。「ガーリックハイス」という地名は、かつてこの近くにフランスから輸入していたニンニクの荷揚港があったことからきていますが、ニンニクだけでなく、仏南西部ガスコーニュ地 方のワインも荷揚げされていました。また、隣の聖マイケル・パターノスター・ロイヤル教会の「ロイヤル」は「王室」ではなく、仏ワインの集荷地ラ・レオルが由来です。
さらに近くには、「バージ・マスター & スワン・マーカー」と白鳥の像が。これもワイン商ギルドと関係があります。バージ・マスター & スワン・マーカーとは、艀(はしけ)の船長服を着た「スワン・アッピング」の責任者のこと。この、12世紀から続く、7月第3週に行われる王室の伝統行事、今ではテムズ河の白鳥の生態調査となっていますが、元来は白鳥を陸揚げして嘴(くちばし)の刻印からその所有権を確認するためのものでした。このイベントで白鳥を捕まえるお手伝いをしているのが、シティの2つのギルド、ワイン商ギルドと染物商ギルドなのです。
ワイン商ギルドのホール前の
バージ・マスター&スワン・マーカー
聖ジェームズ・ガーリックハイス教会の門飾りには葡萄のデザインが
12世紀から続く王室伝統行事、
スワン・アッピングの風景
photo: Courtesy of the Vintners' Company
白鳥は誰のものかって? 英国の白鳥は12世紀後半、キプロスからときの英国王、リチャード1世(獅子心王)に贈られたのが始まりだそうで、以来、王室の所有物として、また宮廷料理の食材として大事に管理されてきました。1482年にはスワン法が制定され、王室以外の所有が禁止されます。 但し、領地で白鳥を飼育していたイルチェスター伯爵家や、シティの2つのギルドなど、ごく一部の例外はありました。
嘴の刻印は1997年から足のリングで代替され、また、中世のように白鳥が食卓に上がることはなく、環境保護目的でこの行事が続けられています。ご存知のように7月の夜は満天の星を引き連れた白鳥座(北十字星)が天の川を大きく羽ばたく季節でもあります。昼にはテムズで白鳥を追い、夜には白鳥座を追う。ワインがあれば、最高のロマンですね。
ワイン商ギルドのホール玄関
上部にある白鳥の装飾