総選挙、保守党の単独過半数をデータから読み解く
英国の総選挙は事前の世論調査とは大きく異なる結果が出た。筆者は①経済と財政の運営が評価されて保守党が勝利し、自由民主党と連立を模索、②スコットランドでは地域政党・スコットランド民族党(SNP)が圧勝、③欧州連合(EU)離脱を唱える英国独立党(UKIP)はファラージ党首が落選して失速、するとみていたが、労働党が議席を減らして保守党が単独過半数を制するとは夢にも思わなかった。
データ全盛の時代。しかし、予測は見事に外れた。それでも、選挙結果の分析には役に立つ。「フィナンシャル・タイムズ」紙とオックスフォード大学の准教授らでつくる研究グループ「Elections Etc」、友人の英国政治研究家、菊川智文氏のニュースレターを参考に総選挙を総括してみた。
選挙後、様々なナラティブ(物語)が語られた。「メディア規制を唱えた労働党のミリバンド党首(選挙後に辞任)への報道が厳しすぎた」「SNPのスコットランド・ナショナリズムに対するイングランド・ナショナリズムの反動が起きた」「労働党には、やはり市場重視のニュー・レーバーが必要だ」などなど。こうした文脈はしかし、労働党の負け惜しみの範疇(はんちゅう)を出ない。
今回の総選挙には4つの戦場があった。第1に、スコットランド。SNPは労働党から40議席、自由民主党から10議席を奪って定数59のうち56議席を占める快進撃を見せた。アレクサンダー「影の外相」はグラスゴー大学で政治学を学ぶSNPの女子大生マイリ・ブラックさん(20)に敗れ、スコットランド労働党のマーフィー党首も落選。労働党が今後、スコットランドで体制を立て直すのは至難の業だろう。スコットランドは地元密着型の政治を求めている。
第2に、草刈り場と化した自由民主党。49議席を失って8議席となったが、このうち27議席が保守党に、12議席が労働党に流れた。自由権と経済的自由主義、個人主義、進歩主義、環境などを掲げる「モザイク政党」は5年間の連立への欲求不満から完全に空中分解した。
第3に、UKIP。解散前の2議席のうち1議席を保守党に奪われた。注目のファラージ党首は落選。保守党は今後もUKIPへの脱党者が続くのを警戒して、UKIPが当選しそうな選挙区でローラー作戦を展開した。サウス・サネット選挙区では、ファラージ党首が戸別訪問した翌日に保守党の候補者が同じ地区を戸別訪問するという徹底ぶりだった。小選挙区のため当選者こそ1人しか出なかったが、得票率は前回より9.5ポイントも増えて12.6%。388万人超がEUや移民への不満票をUKIPに投じた。
UKIPへの票の流れが第4の戦場、保守党と労働党の直接対決にも大きな影響を与えた。保守党からみて入れ替わった議席は9勝10敗。労働党はもっと保守党の議席を奪えると踏んでいたはずだ。イングランドでの得票率で労働党は3.6ポイント、保守党は1.4ポイント伸ばしている。しかし議席増は労働党15、保守党21。なぜか。UKIPの得票率の伸びが7ポイント未満だった選挙区では労働党は保守党から6議席を奪ったが、14ポイント以上の選挙区では労働党は保守党から1議席も奪うことができなかった。UKIPの票が大きく伸びたところでは労働党の伸びは保守党を逆転するまでに至らなかったわけだ。
UKIPが保守党に単独過半数を与えた影の主役だった。それは保守党とUKIPの得票率の合計が60%近くに達していることからも明らかだ。右派分裂ではなく、左派が分裂した選挙だったのだ。古き良き時代を懐かしむ白人高齢者の富裕層より、EU域内からの移民に仕事を奪われていると感じている単純労働者や低所得者層の方が圧倒的に多い。保守党は低中所得層をターゲットにした住宅政策を打ち出し、選挙後の初閣議でも「働く人の政党」をアピールしてみせた。
しかし、18年ぶりとなる保守党の単独政権誕生は、勝者総取りシステムの単純小選挙区という19世紀の古びたプリズムを通して21世紀の民意が歪められた結果と言えなくもない。くすぶり続けるスコットランドの分離・独立問題、2017年末までに行われるEU残留・離脱を問う国民投票と、英国の形を足元から揺さぶる難問がキャメロン政権を待ち受ける。欧州から目を離せない状況が当分、続きそうだ。
< 前 | 次 > |
---|