あなたはカンバーバッチ派、それともレッドメイン派?
今年度のアカデミー賞主演男優賞には、映画「博士と彼女のセオリー」で難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)を患う天才物理学者スティーブン・ホーキング博士(73)役を演じたエディ・レッドメイン氏(33)が選ばれた。本人以上にホーキング博士そっくりの天才的な演技には舌を巻くが、博士と最初の妻ジェーンさんの愛と別離のストーリーに筆者も心を激しく揺さぶられた。
「このオスカーは世界中でALSと闘うすべての人々のものです。この賞は特別な家族、スティーブンとジェーン、そして2人が授かった子供たちに贈られるものです。僕は、この賞を預かる管理人になります」とレッドメイン氏が受賞の喜びを語ると、ホーキング博士も「おめでとう。良くやったね。君のことを誇りに思う」と祝福した。
主演男優賞にノミネートされていたベネディクト・カンバーバッチ氏(38)が演じる「イミテーション・ゲーム / エニグマと天才数学者の秘密」のアラン・チューリング役も良かったが、ドイツの暗号エニグマを解読したチューリングはホーキング博士に知名度で及ばなかったと言えるかもしれない。英国からのノミネートは19部門の計39件に上った。このうち受賞はレッドメイン氏のほか、「グランド・ブダペスト・ホテル」(メイクアップ & ヘアスタイリング賞、美術賞)、「インターステラー」(視覚効果賞)、「ThePhone Call」(短編実写映画賞)、「セッション」(録音賞)の5件。最近の主演男優賞ではダニエル・デイ=ルイス氏(2007年の「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」、12年の「リンカーン」)、コリン・ファース氏(10年の「英国王のスピーチ」)と英国勢の活躍が目覚ましい。
名門イートン校でウィリアム王子と同学年、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで美術史を学びながら演技に磨きをかけたレッドメイン氏も、名門ハーロー校出身でBBCの人気ドラマ「シャーロック」で大ブレークしたカンバーバッチ氏もまだ30代と若い。将来が楽しみだ。それにしても、どうして英国からこれだけの逸材が輩出されるのか。まず、映画の巨大市場である米国と同じ英語が母国語という大きな強みがある。米ハリウッドのような潤沢なカネがないから、アイデアと芸で勝負するしかない。英国の独特な歴史と伝統が、ホーキング博士やチューリングといった興味のつきない映画の題材を提供し、才気あふれる監督や俳優を次々と生み出す土壌になっている。
「スター・ウォーズ」のユアン・マクレガー氏や「ロード・オブ・ザ・リング」のオーランド・ブルーム氏を育てたロンドンの名門ギルドホール音楽演劇学校のケン・レイ氏は新著「突出した俳優、成功のための7つのカギ(仮訳)」で名優の資質について次のように記す。情熱、観客との間に緊張を生む危険な香り、好奇心、強い存在感、寛大な精神がカリスマ性を形作る――同校では最初に温かさと寛大さを持って仲間と協力し、他人とは異なる個性や多様性を尊重することを強調するという。違いが緊張と刺激をもたらし、発展につながるからだ。
英国がすごいのは、こうした現場の情熱を政府が後押ししているところだ。映画製作で英国での支出と認定されると2000万ポンド(約37億円)までは25%、2000万ポンドを超えた部分については20%の税額控除が受けられる。ハリウッドで製作するより英国で作った方が4割近く安くつくという試算もある。英国映画協会(BFI)の14年版年次報告書によると、映画業界への公的支援は12年度で総額3億6300万ポンド。一番大きいのは税額控除の2億600万ポンドで、次は宝くじの売上金から充てられる6540万ポンド。文化・メディア・スポーツ省からの補助金2790万ポンドなどが続く。資金集めが容易なので、独立系プロダクションが独自のアイデアで映画づくりに取り組める。最初に収益ありきのハリウッド映画とは趣を異にする英国映画が誕生する理由はここら辺にある。
BFI(UK フィルム・カウンシルの仕事を引き継ぐ)も英国映画のセールスに余念がない。米国で低予算の英国映画を上映したり、若手の英国俳優をハリウッドに売り込んだり。こうした政府ぐるみの戦略が、英国映画の裾野を世界に広げている。英国俳優はハリウッド俳優に比べて割安というのも魅力の一つのようだ。
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