「温かい心」を失ったネオコン外交に早くも波乱
「ヘイグ前外相の引退宣言で保守党は『温かい心』を失った」と前号のコラムに書いたばかりだが、こんなに早く影響が現れるとは想像もしていなかった。2005年の保守党党首選以来、一貫してキャメロン首相を支持してきたパキスタン系女性、ワルシ外務省上級国務相が5日、シモンズ外務担当閣外相が11日に相次いで辞任した。ハモンド外相が就任したばかりの外務省に大激震が走っている。
ワルシ女史は、イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザ地区への空爆に対して批判を避けたキャメロン政権の態度は「道義的に擁護できない」と激しく抗議して辞任した。シモンズ氏は年収約9万ポンド(約1537万円)、議員スタッフの妻の報酬2万~2万5000ポンド、住宅手当約2万8000ポンドでは「ロンドンに家族で住めない」という理由だった。
シモンズ氏の辞任理由が本当なら、どうして内閣改造に合わせて辞めなかったのかという疑問が生じる。「フィナンシャル・タイムズ」紙は「ヘイグ前外相の退場で英国の外交は、ネオコンに代表されるタカ派と自由民主党党首のクレッグ副首相らハト派の中間に位置するバランサーを失い、ネオコンの筆頭格、オズボーン財務相の影響を強く受けている」と分析する。ハモンド外相は、オズボーン財務相の傀儡(かいらい)というわけだ。
ネオコン系シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン・ソサエティー」で、ブッシュ前米政権のネオコンとして有名なウォルフォウィッツ元国防副長官・元世界銀行総裁が講演したときのこと。司会はキャメロン首相の右腕、ゴーブ教育相(当時)が務めた。米国はアフガニスタンとイラクでの戦争で十分懲りたはずなのに、ウォルフォウィッツ氏は「オバマ米大統領がシリア軍事介入を見送った代償は将来、高くつく」と強弁した。
若い女性の参加者が「連合国軍が戦っていなかったら、ユダヤ人はナチスの大虐殺から逃れることはできなかった。人道介入は必要よ」と訴えると、会場から大きな賛意が示された。ネオコンの源流の一つに、ユダヤ人を守るという思想がある。だから、政策はどうしても親イスラエルに傾く。人口が密集するガザ地区を空爆すれば子供たちに多くの犠牲が出るのは当たり前なのに、キャメロン首相はイスラム原理主義組織ハマスを非難する一方で、イスラエルには「釣り合いのとれた手段(自衛権の行使)」を促しただけ。これではあまりに公正さを欠いているというのが、ワルシ女史が辞任した理由である。
筆者がテレビ電話会議システムを通じて主宰する「つぶやいたろうジャーナリズム塾」5期生の大阪大学外国語学部4回生、光井友理さんは大手新聞社に内定しているが、アラブが専門。ガザ地区を覆う「緩慢な死」について勉強会で報告してくれた。同地区はイスラエルやエジプトの境界封鎖で外界との行き来が閉ざされている。エジプト側と通じていたライフラインの地下トンネルも同国の軍事クーデター後に破壊された。封鎖が続けばガザ住民は「生きながら死ぬ」(京都大学大学院の岡真理教授)ことを余儀なくされる。しかし、「緩慢な死」を受け入れて停戦に応じなければ空爆を続けるという姿勢をイスラエルは崩さない。
ハマスは封鎖解除を求めイスラエルをロケット攻撃しているが、9日時点でパレスチナ人の死者は1900人以上。うち1354人が民間人で子供は447人。これに対し、イスラエル側の死者は兵士がほとんどで67人。反イスラエルの抗議デモが世界各地で起きている。
キャメロン政権を牛耳り始めたオズボーン財務相はワルシ女史の辞任を「失望させられた。正直なところ不必要な辞任だ」と切り捨てた。本人は否定しているが、来年の総選挙で保守党が勝利した場合、オズボーン氏は外相ポストを希望しているとも報じられた。欧州連合(EU)に移譲された権限を英国に取り戻すべく交渉に臨むためだ。
友理さんは「ガザ問題についてソーシャル・メディアに書けなかった。ユダヤかアラブの友人を傷つけてしまうから」と悲しそうな表情を見せた。イスラエル寄りの姿勢を鮮明にするキャメロン首相。「温かい心」を失ったネオコン外交に、幾人かの保守党議員の選挙区では、抗議の手紙が殺到しているという。
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