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Fri, 29 March 2024

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第42回  「英国らしさ(ブリティッシュネス)」の裏側に

「英国らしさ(ブリティッシュネス)」の裏側に

英国の中でも移民が多いイングランド中部バーミンガムで3月、「イスラム主義者がバーミンガムや他都市の学校を乗っ取ろうとしている」と告発する手紙が発覚した。手紙は、学校の理事会にイスラム主義者を送り込み、校長を入れ替え、イスラム教により厳格な教育を実施しようと計画していると警告していた。トロイア戦争でギリシャ軍がトロイア軍を欺くため兵士を中に潜ませた巨大木馬になぞらえ、計画は「トロイの木馬作戦」と呼ばれているという。

バーミンガム市議会に苦情と情報が殺到し、学校の教育水準を調査・評価する政府機関オフステッドが21校の調査に乗り出すと、大騒ぎになった。

先の欧州議会選で移民規制や欧州連合(EU)脱退を声高に唱える英国独立党(UKIP)が国内第1党になるなど、多文化主義の英国でも「移民嫌い」の感情が急速に膨らんでいる。一方、イスラム系移民社会では、崩れ始めた西洋の価値観に侵されず、イスラムのアイデンティティーを守りたいという思いが強まっている。

英国民統計局によると、バーミンガムの0~15歳人口で、白人の英国人は56%。43%が移民背景を持つ有色のアジア・アフリカ系の子供たちだ。イスラム教徒のパキスタン・バングラデシュ系は全体の20%。問題の背景には、このままでは自分たちの国が移民に乗っ取られてしまうのではないかという「白い英国人」たちの潜在的な危機感を指摘できる。

このほどオフステッドは21校のうち16校は「基準内」と判断したものの、5校は「問題あり」として再調査を行うと発表した。そのうちアカデミーのパーク・ビュー校は「生徒たちは市民の権利や義務について十分な教育を受けておらず、多文化で多様な社会で生活するための準備も適切に行われていない」「宗教の時間などで男子と女子が別々に授業を受けている」と指摘された。改善しないと資金が打ち切られ、閉校に追い込まれる恐れがある。

これを受けて、ゴーブ教育相は「学校では、民主主義、法の支配、個人の自由、相互の尊敬、異なる信仰と信条に対する寛容の精神など、英国的価値の教育を徹底する必要がある」と誠に非寛容な口調で強調してみせた。

 

ちょうどテレビで「ぼくの国、パパの国(East Is East)」という1999年に制作された英国映画が放映されていたので興味深く鑑賞した。舞台は1971年のマンチェスター。パキスタン系移民ジョージは英国人女性エラと結婚、フィッシュ・アンド・チップス店を開いて7人の子供を育てている。ジョージは子供をイスラムの伝統に従わせようとするのだが、長男はお見合い結婚の会場から逃走して男性と同棲。末っ子の6男坊は無理やり割礼させられる。ジョージが次男と3男のお見合いを勝手に進めたことから家族はバラバラ。「あなたはイスラム社会で自分が認められたいだけなのよ」と爆発してしまったエラをジョージはひたすら殴りつける。イスラムの伝統にしがみつく移民1世と自由奔放に育った2世の葛藤と家族愛がおかしくも悲しく描かれている。

今の英国社会では、移民3世は西洋とイスラムの狭間に落ち込み、アイデンティティーの危機に苦しんでいる。英国のイスラム系移民数百人がシリア内戦に参戦し、イラク第2の都市モスルを陥落させたイスラム教スンニ派の激派「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」に加わっている。もはや「ぼくの国、パパの国」と悠長なことを言っている段階ではないのは確かだ。

 

しかし、ここぞとばかりキャメロン首相やゴーブ教育相が「英国らしさ」を強調するのはどうだろう。労働党のブレア政権以来、進められてきた教育改革とオフステッドに欠陥があったのは明らかだ。キャメロン政権は教育活性化のため民間活力を導入したアカデミーやフリー・スクールを急拡大させた。宗教的な偏りが出るという懸念は当初から示されていた。しかし、拡大ペースが速すぎたため、それを監督するオフステッドの機能が追いつかなかったのだ。英国の教室では、女子のスカーフ着用やラマダーン(断食)時の水泳授業不参加など、多文化の違いを認めてきた。保守党の拙速な政策が招いた問題を「英国らしさ」という言葉ですり替えるのは大きな誤りだ。

 

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
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