世界の高速鉄道建設ブーム
世界的に見ると、鉄道に追い風が吹き、航空機には逆風が吹いている。例えば英国では、日立製の新型急行電車が、セント・パンクラスとアシュフォード間の108キロに導入予定で、試験走行では現在1時間20分かかっているこの距離を30分で走っており、英国でも高い評価を受けている。米国もエネルギー効率の良い大量輸送手段として、トラックに代わり大陸横断鉄道の路線拡張を図っている。
またロシアでもシベリア鉄道を高速鉄道化する計画が進んでおり、日本の製鉄所などに大規模使節団を送り込んでいる。韓国や台湾での新幹線開通、中国でのドイツ製インターシティ列車の稼動も記憶に新しい。中国内陸部、シルクロード、東欧、アフリカなどでの展開を考えると鉄道の可能性は大きい。さらに日本では、JR東海が2025年に品川-名古屋間でリニア開通を目指している。
航空会社の苦境
一方、航空会社はここ20年近く経営悪化が続いている。米国においてレーガン政権の下で参入の自由化が進められた結果、90年代からは格安航空会社が相次いで設立され、運賃の値下げ競争が起こった。パイロットなどの人件費を削減できないナショナル・フラッグは、コスト削減や競争激化に耐え切れなくなって大きな業界再編が起こり、欧州ではBA、エールフランス-KLM、ルフトハンザの3強体制となった。米国ではユナイテッド、コンチネンタル、デルタ、ノースウエストの4強が湾岸戦争と同時多発テロの発生を受けて旅客が減少した後も残ったものの、その後の原油価格高騰による燃料費の上昇などもあって、航空業界全体の経営が悪化した。2005年までに大手7社のうち4社が経営破綻し、デルタとノースウエストは昨年に合併を発表している。日本でもJALに対して公的資金が投入される方針が公表されるなど、航空会社の経営は決して楽な状態ではない。
こうした鉄道と航空会社の差はどこから来るのか。鉄道は、環境に優しく安価な大量輸送という点で優位性があるが、根本的には技術進歩の差というほかない。鉄道の輸送速度は、この30年で大幅にアップした。リニアになれば尚更である。一方、航空機のスピードはそうした大きな変化を見出し難い。格安チケットのチャーター便は確かにサービス面での大きなイノベーションなのだが、他社の追随が容易であり、製品技術のように追随が困難、または膨大な研究投資が必要なイノベーションではない。この点、電磁石の技術、モーター制御の技術、超高速物体の走行と電極のプラスマイナスへの変化、さらに振動と柔軟性を兼ね備えたレールなどを利用するリニア・モーターカーを他社が追随するのは容易でないと言える。航空会社の苦境は、彼らのコスト意識の問題もさることながら、接客サービス業におけるイノベーションの賞味期限の短さ、電気・機械関係のイノベーションの賞味期限の長さを感じさせる。
高速鉄道網拡大の影響
鉄道輸送におけるスピード・アップによる都市間の移動時間の短縮、中でも通勤圏の拡大は、世の中の風景を一変させる。安価な大量輸送ができること、駅は空港よりも数多く作りやすいことから様々な具体的な効果が生まれる。
まず、首都へのアクセスの容易性は地域と首都との結びつきを強め、商圏、生活圏、文化圏が一体化されることになる。その結果、商業施設、文化施設、娯楽施設が一段と首都、すなわちロンドンや東京へ集中する現象が加速される。
ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)はもともとスコットランドの銀行だが、市場機能はほとんどロンドンにある。金融面について言えば、英国ならロンドンとエディンバラ、日本なら東京と名古屋でも貸出金利の水準はわずかながらも異なっている。これは名古屋地方では、メガバンクの名古屋支店と地元の金融機関による貸出競争に東京の銀行店舗は参入できないからである。しかし商圏や通勤圏が同一化すると、預金や貸出の市場も同一化し、金利差は解消されるであろう。
高速鉄道による通勤圏拡大は、航空機と異なる大きな影響をもたらす。また欧州大陸における鉄道は南西にアフリカ、北東にロシアと大きな広がりを持つ可能性がある。鉄道関係の技術革新に今世紀は注目したい。後は日本人としては、車窓が美しいことでは文句のつけようのない英国の鉄道において、愛想も含めたサービス、そして時間の正確さが向上すればもっと良いのだが。
(2009年7月9日脱稿)
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