トルコ中央銀行の為替介入
先週のロンドン外国為替市場で話題を賑わしたのは、トルコ中央銀行のドル買・トルコリラ売介入の噂だった。トルコリラの相場は昨年1月のデノミ(何とゼロを6つ取った、新1トルコリラ=旧100万トルコリラ)以前からじわじわと対ドルで大きく上昇していた。しかし、このトルコリラ高はこれまでの主たる産業であった繊維産業に打撃を与え、中国との競争力を失い壊滅の危機に瀕していた。そこでトルコ中銀に対してトルコ高を何とかせよ、と政治圧力がかかり、介入したのではないかと言われている。
しかし、下のグラフにあるように逆にリラ高は一段と進み、まったく効果がないどころか、逆効果となった。金利の安い円で資金を調達し、リラに投資していたヘッジファンドは大もうけ、逆にトルコ中銀ひいてはトルコ国民は大損となった。シティのヘッジファンドにとって介入は飛んで火にいる夏の虫である。何でだろう?
エマージング諸国台頭と政治家の経済オンチ
この欄で再三書いているように世紀末以来、世界的にカネ余りが続いている。そのカネが、少しでも良い運用利回りを求めて、ハイリスク・ハイリターンの成長国通貨やその国(こうした国をエマージング諸国という)への投資に大量に流れ込んでいる。割り切ってイメージで言えば、4年前が中国、EUの周辺諸国(ギリシャなど)、東欧諸国、3年前がブラジル、メキシコ、2年前がインド、ロシアそしてトルコ、去年がベトナム、ブルガリア、北アフリカなどである。ちなみに今年から資源も絡め、アフリカ諸国への物色が本格的に始まるのではないかという人もいる。
トルコは、日本の家電や自動車メーカーの工場が進出していることからわかるように、機械関係の製造業の台頭が著しい。加えて観光資源も豊富で、好調を維持している。しかし何といっても国際通貨基金(IMF)のミッションが入ったほか、欧州連合(EU)加盟を申請したことが大きい。
すなわち、IMFとEUという2つの国際的な基準で財政と金融政策を規律する姿勢を見せていることが市場での信認につながっており、5年前の経済、通貨危機からの立ち直りが著しい。これによって物価上昇率は、3年前の年20%近くから8%となり急激な落ち着きを見せている。こうした結果のトルコリラ高であり、経済的に説明できないものではなかったのである。
にもかかわらず、トルコの政治家はトルコ中銀に物価の安定のみならず、為替面で自国通貨安を維持することを求めた。あぶはち取らずになって当然というのが市場の考え方である。
トルコのEU加盟とエマージング諸国の力?
トルコはEU加盟を目指しているが、西欧諸国の中には、イスラム教徒の多いトルコは絶対EUに入れないとの論調も目立つ。しかし経済的に見ると、トルコの人口は8000万人とドイツ並みに多く、市場が大きいこと、かつ若い層の人口が多く、老齢国の多い欧州諸国と労働面で補完関係にあることからEUがトルコを必要にすることはあっても、逆にこの調子で製造業と観光が発達すれば、トルコは必ずしもEUを必要としなくなるのではないかとも思える。
さらに言えば、トルコの地理的な位置は西欧にとり極めて重要である。中近東で最大のキリスト教徒を要するトルコがイスラムサイドに入ることは、オスマン帝国の例を顧みるまでもなく西欧に脅威となる。イスラムに西欧が対峙するには、トルコを自陣に引き寄せることがEUサイドにとって必要になってくるであろう。
そもそもカネ余りゆえに、トルコを「エマージング諸国」(新興諸国)などとシティでは呼んでいるが、元々オスマントルコが西欧を圧倒し、ロシアを圧迫していた歴史から見ると適切な呼び名ではないかもしれない。モーツァルト生誕250年にしてトルコ行進曲が鳴り響いている。
先進諸国にとっても、これから伸び行く諸国にとっても、真の問題は他国の消長ではなく、IT技術の進展により企業、金融機関、個人が国境を越えて取引、交流していく中で、経済オンチの政策を行なう政治家を身中に抱え、長い目で見た経済の長所短所を考え抜かず、その場限りの政策を行なうことで国を滅ぼすことであると肝に銘じたい。
(2006年2月20日脱稿)
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