ウラジオストックでの市民運動
昨年、極東ロシアのウラジオストックで3000人規模の市民運動が起こった。モスクワが実施しようとする右ハンドル車禁止法に対する反対運動であった。ロシアでは他のヨーロッパと同じく左ハンドルが原則だが、ウラル山脈以東では事情が異なる。ウラジオストックを走る自動車の95%以上が中古日本車で、乗用車からトラック、タクシー、公共交通機関であるバスのほかパトカーですら右ハンドル車であることもある。ウラジオストックから800キロ北にある街ハバロフスクでも80%以上、バイカル湖の湖畔にあるイルクーツクでも50%を超えている。プーチン大統領は、割安な中古車の輸入を減らし、新車の販売を増やし、国産メーカーを育てたいという意向のようだ。しかし反対運動は、ウラル山脈以西にも広がっている。現在ロシアでは日本の中古車を輸入し、それを運転しているドライバーが極めて多いためであろう。右ハンドル車禁止の法制化は難しいと思われる。
市民、消費者、ネットの力
ロシアで市民運動とは意外な感じがするが、共産主義崩壊から経済危機を経て、資源価格高騰で躍進するロシア市民の経済的な安定と自信を感じさせる。「FT」紙によれば市民運動のリーダーは、注目すべき2つのことを述べている。第一にロシア市民も優秀な日本製品を使う権利がありそれは制限されるべきでないこと、第二に市民間の連絡と情報交換にメール、ネットが使われたことだ。もちろん日本のメーカーが何らかの役割を果たしたことはあるまい。やはり優秀な製品(多分サービスも)は、国や民族を超えて受け入れられるのだ。
WEBやメールの威力はここまで及んでいる。メールによって海外の友人やビジネス・パートナーとの交流や共同作業は非常にスムーズになった。ブログで不特定多数への情報発信を行うのは極めて容易だ。MIXIなどで友人や知り合いを作ることも極めて簡単になった。人間がコミュニケーションするのは、いうまでもないが肉体を介してである。言葉を相手に届けるには、まず、文字、映像、音、仕草などを肉体を使って作り、それを届ける。届け方は、実際に会うか、または面と向かわないが道具で意思疎通する。いずれにせよ人間のコミュニケーションのあり方を限定するのは、人間の肉体的な条件である。交通機関の発達は実際に会うことを容易にし、無線、電話、そしてインターネット、テレビ会議は会わないまでも意思疎通を容易にした。
Second Lifeの可能性
しかし、不特定多数に向かって強力な主張をするにはネット、メール、ブログでは不十分である。政治的主張はデモなど実際に人が集まること自体が、ニュースとなり力を持つ。インターネットを使った大量の迷惑メール発信もゲリラ的な意味を持つが、16時間(24時間から寝る時間の8時間を除いたもの)という時間的有限の下で、人の関心を呼ぶには十分でない。デモはロシア市民、消費者の政治的成熟とネットによるコミュニケーションの容易化の両方があって可能となったものであろう。
こうした事態は、国家が経済原理に反して無理な規制をすることの無意味さと国家に対して期待されるものを再確認する必要性を感じさせる。EU憲法、EUの意義も、日本にとってのアジア共同体の意味も、こうした事態と無関係には考えられない。
しかし現実はさらに進んでいる。米国では、Linden Lab社が運営するバーチャル世界である「Second Life(セカンド・ライフ)」の利用者が350万人もいる。アバター*を利用して、はたまた独自通貨などを使用して、文字通り、パソコンの中で第二の人生を過ごすことができる。現実世界で家と食事さえあれば、肉体的欲求以外はバーチャルに実現できていく可能性がある。政治的なデモをその中で組織することも可能性としては無理ではあるまい。そこで国家ができれば、クーデターなどもパソコンの中で起こりうるだろう。セカンド・ライフの中でのデモが現実世界に影響を及すことができるなら、現実世界でデモをする必要はなくなる。近い将来そうなるのかどうか、それを防ぐためには現実世界自体が進歩するしかない。現実世界で簡単に会えて、話せる世界。それにはドラえもんの「どこでもドア」が必要になるが、果たして可能だろうか。現実的には、リニア・モーターカーの世界ネットワークと思うがこれなら可能ではなかろうか。
そういえば40年前は家に電話がなかったし、20年前はパソコンがなかった。10年前はEメールがなかった。これから10年でどうなるだろうか。
*バーチャル世界の中で、自分の分身となるキャラクターのこと
(2007年2月10日脱稿)
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