経済にとって最大の問題
世界経済にとって目先、最大の懸念は、政治、安全保障問題だ。日本経済にとっては特にそうである。経済が物理問題と違うのは、理屈通りに行かないこと。偶然の歴史、特に政治や社会により左右される点である。人間社会、資本主義社会は不条理に満ちている。友人から突如連絡がなくなる。努力していても他社に負けて倒産し路頭に迷う。歴史の偶然で事故が起こり、大勢の人が巻き込まれる。後講釈はいくらでもできるが、当事者にとっては不条理なことはある。
北朝鮮核実験については「実験は成功だったのか」とか、「2回目をやるのか」とか、「6者協議はどうなるか」とか、「中国の特使が米ロを訪問する」とか、「瀬戸際外交」だとか、「実際に核を使えば体制の崩壊につながるので、使用されることは考えにくい。単なる脅迫の道具だ」という新聞記事が、欧米はもちろん、日本のマスコミにも多い。
しかし、日本や日本人にとってこの問題の焦点は別のところにある。一番大事なことは、まともとは思われない総書記の気分や、しっかりしているとは到底思えない核やミサイルの技術、管理者のうっかりミスにより、大勢の日本人の命が危機にさらされることが現実問題になったということだ。
北朝鮮にとっては、一発撃ったら自分もやられるというチキン・ゲームである。しかし、その最初の一撃を受けるのは、確実に日本なのである。日本人にとっては、隣に住む狂人が刃物をもったようなもので、その1発目に当たることは、不条理そのものだろう。日本列島に住む人は、いずれもその1発目に当たる可能性が出てきた。そういう状況下では、日本人としてはその後の米軍の反撃、戦後復興、そして事前の外交努力さえも二次的な問題としか思えない。
忍び寄る不条理の影
この点、英国はこの問題では安全圏であるし、米国もそうである。欧米のマスコミが理屈や筋を言うことは当然で、イラン問題では日本のマスコミも筋目を言っている。しかし、イランの戦略核はイスラエルを射程とし、場合により欧州を射程にする。だからこそイラン問題では、欧米のマスコミの論調は感情的ともいえる側面があるし、英仏独の外相が米国任せとせず自らイランと直接交渉する。北朝鮮核実験では、日本はまったく他国とは異なる立場におり、不条理と直面している唯一の国だということをもっと明確に認識すべきだ。この点、日本のスポーツ新聞には真実が書かれている。
こうした隣人をもったことによる不条理の影は、日本人の社会行動に大きな影響を与えると予想する。国外移住、核シェルターを考え始める人はいるであろう。スイスにおける全戸シェルターは日本にこそ必要である。もちろん北朝鮮は、核兵器を使わずとも通常兵器で十分な攻撃を日本に対してできる。しかし放射能汚染は、広島、長崎の例をみるまでもなく、半世紀以上経っても簡単には影響がなくならない。日本列島に人が住み続けられるのかという問題に日本人は直面している。
筆者は日本人の感情的な反応や、ましてやパニックを促したりしているわけでは断じてない。今そこにある危機に、冷静かつ迅速に対応する必要があるということである。外交努力、制裁など結構だが、問題の解決にはほど遠い。船舶の臨検や海上封鎖は、キューバ危機を見るまでもなく、歴史のアクシデントを誘発しかねないリスクを有する。第30回にも書いたように、どうして日本政府は、ミサイル防衛を全速で整えようとしないのか。マッハのスピードで飛び出すミサイルをGPSで位置指定し、電波の反射時差で速度を計測し、迎撃弾到着時の位置を予想することは、1つの人工衛星では容易ではない。しかし、イージス鑑のような面による複数電波による位置指定方式であれば、ある程度の精度が可能といわれている。国家はこういう時のためにあるのだ。税金の使いどころでもあるのではないか。
国家の出番と国家への警戒
ただし、国家というものは両刃の剣でもある。最大多数の最大幸福を考えると国家は、必ずしも国民全員を守るとは限らない。米国政府は真珠湾攻撃を事前に知っていたと言われている。それでもあえて米国民を鼓舞するために、日本に攻撃させたというのが通説になりつつある。国家は戦争になるとそれくらいのことは平気でする。一国民としては、不条理の影の下で、政府にミサイル防衛の即刻実施を求めつつ、シェルターや移住など自衛手段を考えることが一つの方向ではないか。欧州各国は、宗教戦争以来2回の大戦で国土が破壊され、英国を除いて存亡の危機に立った経験を持つ国が多い。日本は大和朝廷の統一以来、国家存亡の危機に初めて立ったといえるのではないか。
(2006年10月13日脱稿)
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