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Sat, 23 November 2024

第25回 ジェローム・K・ジェローム

ジェローム・K・ジェローム

近代イギリス文学中、屈指のユーモア作家として知られるジェローム。代表作の「ボートの3人男(Three Men in a Boat)」は、テムズ川を船でさかのぼる3人組の物語だが、英語圏だけでなく世界中で親しまれるミリオン・セラーとなった。

今回の名言は、「ボート」より早い1886年に書かれた「閑人閑話」(「Idle Thoughts of an Idle Fellow」)のなかの言葉である。とりあえずは、原文の英語から「由緒正しい」 日本語に訳しておいたが、このままでは天然ボケのような味わいの妙は伝わりにくい。私なりにその心を汲み取って恣意(しい)的に訳せば、「虚栄心というやつが人を動かすのさ。人間関係の潤滑油は、お世辞に尽きるってな」といったところになろうか。

ちなみに、引用した言葉の先は次のように展開する。「人々の愛情や尊敬がほしいならば、お世辞を言わねばダメだ。身分の高きも低きも、金持ちも貧乏人も、賢者も愚者も。 ……とにかく誉めることさ。何事につけ、なんびとに対しても、誉めそやせ。特に、彼 らにないものを誉めるのだ。男なら女にしかない美を、愚か者にはその賢さを、という風に」――。ここまで書けば明らかであろうが、漫才か落語のような笑いのなかに、冷厳でシニカルな眼差しが絡みついている。

ジェロームは貧しい家庭に育った。生まれはバーミンガム北郊のウォルソールだが、一家はその後ロンドンに出て、イースト・エンドに暮らした。13歳の時に相次いで両親が亡くなり、ジェローム少年は14歳にして自立。事務員、教師、役者、新聞記者と、様々な職業に就いた。「お世辞を尽くせ」とする処世訓には、苦労人の汗と涙が滲んでいる。つまり、これはイースト・エンダーが身体で学んだ生きる知恵なのだ。

最もイギリス的な、穏やかなユーモア作家として語られることの多いジェロームだが、 英国紳士風の微笑の奥には、研ぎ澄まされた過激な匕首( あいくち) を秘めていたのである。それは 時代を超えて、笑いというものの本質を語っているようにも思う。

ジェロームが前半生を過ごしたヴィクトリア時代は、国が華やかさを謳歌するその影で、路地裏に入れば、貧困や不幸がごろごろと転がっていた。21世紀のイースト・エンド は人気ドラマの舞台で、さすがに昔のような赤裸々な貧苦は姿を消したようにも見える。 だが、下町イースト・エンドのすぐ隣りにビジネスの中心地シティがあることに象徴されるように、ファッショナブルなロンドンの繁華も、その奥を覗けば、今なお「お世辞」 で回る愚かにも古い人間社会が横たわっているのかもしれない。

 

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