15の法案と4つの法案の草案が明らかに
クイーンズ・スピーチで政府法案を発表
政府が国会に提出する法案の内容が発表される伝統儀式が「クイーンズ・スピーチ」。今年のクイーンズ・スピーチは、最近の数々の失策や地方選での惨敗を受け、政府が起死回生を図る機会となるかと注目されたが、果たしてその内容はどのようなものであったのだろうか。
クイーンズ・スピーチで発表された
法案の名前
- 銀行改革法案(Banking Reform Bill)
- 児童・家族法案(Children and Families Bill)
- 犯罪・法廷法案(Crime and Courts Bill)
- 名誉棄損法案(Defamation Bill)
- 選挙登録・事務法案(Electoral Registration and Administration Bill)
- エネルギー法案(Energy Bill)
- 企業・規制改革法案(Enterprise and Regulatory Reform Bill)
- 欧州連合(条約改正に関する決定承認)法案
(European Union (Approval of Treaty Amendment Decision) Bill) - 食料小売店規定・仲裁機関法案(Groceries Code Adjudicator Bill)
- 上院改革法案(House of Lords Reform Bill)
- 司法・安全法案(Justice and Security Bill)
- 年金法案(Pensions Bill)
- 公共サービス年金法案(Public Service Pensions Bill)
- 少額寄付法案(Small Donations Bill)
- 水道法案(Water Bill)(法案の草案)
- 高齢者ケア・支援法案(Care and Support Bill)(法案の草案)
- 通信データ法案(Communications Data Bill)(法案の草案)
- 地域公共機関監査法案(Local Audit Bill)(法案の草案)
上記の法案の分野別内容( 一部)
経済・産業 | 「公正取引局」と「競争委員会」を合併し、「競争・市場局(Competition and Markets Authority)」を設置する。 |
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企業幹部の報酬額の承認・不承認を問う株主の投票の結果に拘束力を持たせる。 | |
雇用紛争解決に関する制度を改革する。 | |
民間部門による環境保護事業に融資する「グリーン投資銀行(Green Investment Bank)」を設置する。 | |
上院改革 | 上院の全議員または一部の議員を公選制とする。議員の任期は15年とする。 |
家族・子供 | 育児休暇(parental leave)の制度を柔軟化する。子供の母親が、自分の育児休暇の権利を子供の父親に譲ることを可能にする。 |
親のいないエスニック・マイノリティーの子供などがより早く里親を見つけることを可能にするための改革を行う。子供と同じ人種の里親を探すことよりも、より早く里親を見つけることに重点を置く。 | |
国民年金 | 国民年金支給額を、すべての受給者について、2015年より一律化する。 |
国民年金受給開始年齢を、2028年までに67歳に引き上げる。 | |
銀行改革 | 金融サービス部門の規制を強化する。 |
英国で小売サービスを提供する銀行について、小売部門と投資部門を分離する権限を財務省に与える。 | |
選挙制度 | 個人単位の有権者登録制度を導入する(現在は世帯ごとの登録)。 |
犯罪・裁判 | 組織的な重犯罪、インターネット犯罪の取り締まり、国境警備などを目的とする機関として、 「国家犯罪対策局 (National Crime Agency)」を設置する。既存の機関である「組織的重犯罪対策局(Serious Organised Crime Agency)」に代わる組織となる。 |
限定的な場合に限り、裁判所でのテレビ・カメラでの撮影を許可する。 | |
小売 | 大手小売業者がサプライヤー(商品供給業者)を公正に扱う旨を定めた規定を策定する。 |
通信に関する データ |
テキストや電子メールなど通信に関するデータを収集することを警察及び諜報機関に許可する。 |
欧州 | 経済危機に陥ったユーロ加盟国の救済措置が今後新たに実施される場合、英国がこれに 参加するかどうかを決定する権限を国会に与える。 |
「児童・家族法案」や「年金法案」が発表される
5月9日、国会の審議期間が新たに開始され、恒例の「クイーンズ・スピーチ」が国会議事堂で行われた。クイーンズ・スピーチとは、その日に始まる審議期間中に政府が国会に提出する予定である法案の概要を女王が読み上げる儀式である。今回は、15の法案と、4つの法案の草案が発表され、育児休暇制度の柔軟化を図る「児童・家族法案」、国民年金の支給額の一律化を目指す「年金法案」などが含まれていた。
「経済成長促進策ない」との声
今回のクイーンズ・スピーチに関して最もよく聞かれる意見の一つは、「経済成長促進策が盛り込まれていない」というものである。保守党と自由民主党の連立政権である現政府は、次回総選挙までの財政赤字解消を目指し、公共支出削減を含む緊縮財政を実施している。しかし、今年4月下旬には、2012年第1四半期の国内総生産(GDP)が前期に続いてマイナス成長となり、英国が再び景気後退(リセッション)に突入したことが国民統計局(ONS)の発表で明らかになったことで、「政府の経済政策が功を奏していない」などの批判の声が上がった。このような状況であるにも関わらず、今回発表された法案のうち、企業と経済成長支援に直接結び付くものは、雇用紛争解決に関する制度改革などを内容とする「企業・規制改革法案」のみであると指摘されている。
こうした事実に対し、野党労働党のミリバンド党首は、「(クイーンズ・スピーチで発表された政府の政策は)求職中の若者や、不況で打撃を受けている家族に対し、何一つ与えない」と述べ、糾弾している。
高速鉄道建設計画も盛り込まれず
しかし、この点については、「政府の実行する主要な経済成長促進策は、新法を必要としない。今回発表された法案が首尾一貫性のない小規模な法案の寄せ集めのようになっているのは、政府が経済対策に集中すべき今の時期に、困難な立法作業に煩わされないため」と説明する向きもある。それでも、例えば政府が既に承認しており、多くの雇用創出が見込めるロンドン〜バーミンガム間を結ぶ高速鉄道建設計画を実行するための法案が含まれていなかったことについては、「政府の経済成長プランに疑問を抱かせるもの」であるとの声も聞かれる。また、前述した柔軟な育児休暇制度の導入を図る法案に関しても、「企業にとっては負担であり、現在の英国の経済状況を考えると、今の段階での立法化は賢明ではない」との意見が産業界から出ている。
クイーンズ・スピーチの1週間前に行われた地方選で、保守党と自由民主党はどちらも惨敗を喫し、「政府の経済政策への有権者の反発が示された」などと指摘された。この直後、オズボーン財務相は、メディアで、「政府は経済再建に全力を注ぐ必要がある」と発言していた。今回発表された法案からは、この発言から読み取れるような政府の意気込みは感じられなかったが、政府が今後、国民の支持を取り戻すには、英経済の再生に成功するしか道はなく、次の総選挙まであと3年であることを考えると、時間はあまり残されていない。
House of Lords
上院。下院とともに、英国の二院制を構成する。今回のクイーンズ・スピーチで発表された法案のうち、最も大きな関心を集めている法案の一つは、公選制の導入による上院改革を目指す「上院改革法案」である。上院の現在の議員数は約800人で、その構成は、1999年の改革で残された世襲議員、聖職者、政府または上院議員任命委員会から任命を受けた一代貴族である。上院改革は、連立政権を構成する2党のうち主に自由民主党が推進しているが、特に一部の保守党議員が強く反対しており、立法作業は困難を極めると予測されている。(猫山はるこ)
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