「大学の民営化・商業化」との批判も
ロンドンに私立大学が新設へ
英国の大学制度に関しては、昨年後半、授業料の上限引き上げが大きなニュースとなったことが記憶に新しいが、今度は新たな私立大学設置計画が明らかになり、物議を醸している。今回は、「学術界のセレブ」とも言えるような著名な学者陣が関わっていることでも大きな話題となっている、英国史上3 校目となるこの私大について取り上げる。
私立大学「ニュー・カレッジ・オブ・ヒューマニティーズ(New College of the Humanities)」に関する アンケート調査結果
Q: 「ニュー・カレッジ・オブ・ヒューマニティーズ」の設置は良いアイデアだと思いますか? それとも悪いアイデアだと思いますか?
Q: 「ニュー・カレッジ・オブ・ヒューマニティーズ」のような私立大学の設置は、英国の大学制度の改善につながると思いますか? それとも大学制度に不利益をもたらすと思いますか?
*YouGov/「サンデー・タイムズ」紙調査 (2011年6月9、10日に2728人の成人を対象に調査。 合計が100%にならないものは、結果を四捨五入または切り捨て、切り上げをしているためと思われる)
イングランドにおける国立大学の2012/13年度の学費一例
学校名 | 2012/13年度の学費 |
---|---|
ケンブリッジ大学 | £9,000 |
オックスフォード大学 | £9,000 |
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (ロンドン大学) |
£8,500 |
インペリアル・カレッジ・ロンドン | £9,000 |
ダーラム大学 | £9,000 |
マンチェスター大学 | £9,000 |
ロンドン・メトロポリタン大学 | £4,500〜9,000 |
ロンドン・サウスバンク大学 | £8,300 |
ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン (ロンドン大学) |
£9,000 |
ニューカッスル大学 | £9,000 |
ボルトン大学 | £6,300〜8,400 |
コベントリー大学 | £4,600〜9,000 |
キングストン大学 | £8,500〜9,000 |
バース大学 | £9,000 |
リーズ大学 | £9,000 |
シェフィールド大学 | £9,000 |
エセックス大学 | £9,000 |
ウォーリック大学 | £9,000 |
バーミンガム大学 | £9,000 |
ブリストル大学 | £9,000 |
Source: BBC
(注)上記の学費は、英国及びEU加盟国出身の学生に適用される。EU外からの留学生の学費はこれらとは別に各大学が設定する。
5分野で学部レベルのコース提供
6月上旬、ロンドンに新たな私立大学「ニュー・カレッジ・オブ・ヒューマニティーズ(NCH)」が設置されることが明らかになった。創設者は著名な哲学者であるA.C.グレイリング氏で、開校は2012年秋。法律、経済、歴史、英文学、哲学の5分野で学部(undergraduate)レベルのコースが設置され、学生は、コース修了時、試験で一定の成績を収めれば、ロンドン大学の「国際プログラム」が提供する学位を取得できる。また、全学生必修の「科学リテラシー」「応用倫理」などの4科目を修了すると、NCH独自のディプロマを取得できる。
NCHの学費は年間1万8000ポンド(約234万円)。グレイリング氏のみならず、生物学者のリチャード・ドーキンス氏、歴史学者の二アール・ファーガソン氏などの有名な学者、大学教授ら10数名が、学校の「パートナー」として名を連ねていることも話題である(これら「パートナー」は、法人であるNCHの3分の1の株を所有するほか、同校で講義も行う。ただし、報道によると、「パートナー」である学者らがNCHで講義を行う時間はかなり限定されている)。
「大学を金儲けに利用」との声
NCH設置のニュースは、報道されるや否や、強い批判を浴びた。現在、英国の大学は、2校を除いてすべて国立である。10数年前まで授業料は無料で、寄付金などを除けば、大学の運営費はすべて国が負担していた。1998年に学費制度が導入されたが、「大学教育の提供は、学生個人のみならず、社会全体の利益に資する活動であり、公費で行われる公共の事業であるべき」という考え方は根強い。こうした背景から、NCH設置のニュースを、「大学教育の民営化・商業化」であると捉える人は少なくなく、大学を金儲けの手段に使おうとしている、との声が上がっている。
英国の中でも、イングランドの国立大学の授業料は、来年から上限が従来の約3倍である9000ポンド(約117万円)に引き上げられることが昨年決定し、「低所得家庭出身の若者から大学教育の機会を奪う」と批判された。NCHの学費は、私立大学とはいえ、同上限の2倍であり、このことも、「富裕層の子息のみを対象にしたエリート主義の学校。教育機会の平等化の精神に反する」として、同校が非難される原因になっている。
「高額の学費は教育の質を反映」
こうした声に対し、グレイリング氏は、「国立大学の運営費を国が負担すべきという考えには賛成。しかしなぜ、公立校以外に大学教育提供の場があってはいけないのか」と反論している。また、富裕層のみを対象としているとの見方に対しては、学費を全額または一部補助される奨学生が学生の3割以上を占めることを目指していると述べている。同氏は更に、高額の学費について、NCHで提供される教育の質の高さを反映した額であるとして弁護している。
グレイリング氏によると、同校の設置発表から数日で、900人もの人から入学に関する問い合わせがあったという。強い批判の声にさらされている同校だが、将来の英国の大学制度にどのような影響を及ぼすか、今後の展開が大いに注目されるところである。
A.C. Grayling
英国人哲学者。1949年生まれ。サセックス大学、ロンドン大学、オックスフォード大学で哲学の学位取得。大学卒業後、オックスフォード大学セント・アンズ・カレッジで講師を務める。その後、ロンドン大学バークベック・カレッジに移り、2005年から教授。バークベックでは、今月、「ニュー・カレッジ・オブ・ヒューマニティーズ」設置のため辞任するまで教鞭を執っていた。哲学及びその他の分野に関する30冊以上の著作がある。近著は、「無神論者のための聖書」と銘打って今年春に出版された「The Good Book」。ウェブサイトはwww.acgrayling.com(猫山はるこ)
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