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英国ニュース解説

最終更新日:2012年9月26日

イングランドの大学授業料上限が引き上げへ

イングランドの高等教育制度に改革案
大学授業料上限が引き上げへ

日本と英国の大学で特に大きく異なる点が、授業料に関する仕組みである。英国では、十数年前から大学授業料の徴収が可能になったが、義務教育修了以降も学業を継続することを選ぶ人が年々増加すると共に、国庫の負担も増大。そんな中、政府は最近、イングランドの大学授業料の引き上げ案を発表し、大きな議論を呼んでいる。


イングランドの大学授業料などに関する政府の改革案
(2010年11月3日発表・一部)

  • 大学授業料の上限を、現在の年間3290ポンド(約42万円)から同6000ポンド(約78万円)に引き上げる。ただし、「例外的な場合」に限り、同9000ポンド(約117万円)までの引き上げも可能とする。年間6000ポンド以上の引き上げには、低所得家庭出身の学生の入学支援措置を大学が実施することを条件とする。
  • 1億5000万ポンド(約195億円)を投入し、低所得家庭出身で成績優秀な大学生を対象とした「全国奨学金プログラム」を創設する。年間6000ポンド以上の授業料を設定する大学はすべて、同プログラムに参加することが義務付けられる。
  • 年間所得が2万5000ポンド(約325万円)以下の家庭出身の大学生を対象とした政府支給の生活費補助奨学金(Maintenance Grant)の支給額を、現在の年間2906ポンド(約37万円)から同3250ポンド(約42万円)に引き上げる。ただし、生活費補助奨学金の一部受給の要件は厳格化し、出身家庭の年間所得の上限を、現在の5万20ポンド(約650万円)から4万2000ポンド(約546万円)に引き下げる。
  • 大学卒業生による授業料返済は、年間所得が2万1000ポンド(約273万円)を超えた時点から開始する(現制度では、年間所得が1万5000ポンド(約195万円)を超えた時点から開始となっている)。返済額は所得の9%とする。卒業後、30年が経過した時点で、残った返済額はすべて帳消しとする。*
  • 授業料の返済利子は、卒業生の所得に応じて段階的に設定する。年間所得が2万1000ポンド以下の場合は無利子、同4万1000ポンド(約533万円)以上の場合は小売物価指数(RPI)プラス3%とする。
  • パートタイムの大学生も、フルタイムの大学生と同様、授業料の融資を受けることを可能にする。

* 日本などと異なり、英国では、大学授業料は前払いではなく、学生が政府から融資を受ける形になっている。学生は、卒業後、収入が一定レベルに達した時点から、長期間にわたって授業料を返済する。


イングランド以外の英国の地域の大学授業料制度

ウェールズ イングランドと同様、年間3290ポンドが上限とされている。
北アイルランド イングランドと同様、年間3290ポンドが上限とされている。
スコットランド スコットランド出身の学生及びEU圏の学生は授業料無料。英国の他の地域(イングランド、ウェールズ、北アイルランド)出身の学生に対しては、年間1820ポンド(約23万円)の授業料が課される(薬学部は同2895ポンド(約37万円))。

* EU圏外の外国人学生は、上記のルールの対象ではなく、それぞれの大学が設定した授業料を支払う。


大学授業料に関するアンケート調査結果
78% 大学授業料が年間1万ポンド(約130万円)ならば大学進学の意欲をそがれると思う人の割合
70% 大学授業料が年間7000ポンド(約91万円)ならば大学進学の意欲をそがれると思う人の割合

Source : NUS/HSBC Student Experience 2010 Report

1998年までは大学授業料無料

ブラウン卿
10月12日、高等教育財政に関する
見直し作業の結果報告書を発表した
ブラウン卿(写真右)

私立大学が多数存在する日本と違い、英国の大学は1校を除いてすべて国立である。かつては、これらの国立大学の授業料は無料で*、運営は主に公費で賄われていた。しかし、過去約20年の間に大学と大学進学者の数が増加し、教育支出が膨張したことを受け、1998年に初めて、大学が年間1000ポンド(約13万円)までの授業料を徴収することが可能になった。その後、制度変更を経て、現在は、年間3290ポンド(約42万円)までの授業料徴収が可能になっている(ただしスコットランドを除く)。

2009年11月、石油大手BPの元最高責任者であるブラウン卿を議長とする委員会が、イングランドの大学授業料などに関する見直し作業を行うことが明らかにされた。先月ようやく、同見直し作業の結果報告書が発表され、政府はそれに基づき今月3日、イングランドの高等教育財政に関する改革案を発表した。

その主たる内容は、大学授業料の上限を、年間6000ポンド(約78万円)までに引き上げることであった。また、「例外的な場合」に限り、同9000ポンド(約117万円)までに引き上げることも可能とした。ただし、大学が6000ポンドを超える授業料を設定するには、低所得家庭出身の学生の入学支援措置を実施することが条件とされた。

* ただし、英国及びEU外の外国人学生に対しては、授業料制度導入以前も授業料の徴収が認められていた。

貧困層の若者の進学機会奪うと批判

最高で現在の約3倍もの大学授業料の設定を許可する政府案に対しては、学生や大学関係者などから強い非難の声が上がっている。例えば親が単純労働者でも、子供が大学に進学することによって、専門職の仕事と親より豊かな生活を手に入れることは不可能ではない。つまり、大学は「社会的流動性(ソーシャル・モビリティー)」を高めるための重要な手段なのである。そのため、授業料の引き上げは、低所得家庭出身の若者に大学進学を断念させ、彼らから生活向上の機会を奪うものであるとして批判されている。

自由民主党に「裏切り」の声

この件はまた、連立政権の一翼を担っている自由民主党にとっては、党としての信頼性を揺るがす問題になっている。同党は、今年の総選挙で、大学授業料の撤廃を公約に掲げ、選挙期間中、同党の下院議員全員が、「次期政権によるいかなる大学授業料引き上げの試みにも反対する」ことを誓う「全国学生組合(NUS)」の誓約書に署名した。このため、学生を中心として、同党の「裏切り」を強く糾弾する人は少なくない。

今回発表された改革案は、今年中に国会に提出される見込みだが、自由民主党の議員の一部には、政府の方針に逆らい、採決で反対票を投じようとする動きもある。しかし、法案を否決に持ち込むほどの反対票が集まるとは考えられておらず、改革案は国会を通る見込みである。政府は、早くも2012年9月の入学者から、新たな授業料の上限を適用したい考えであるという。

University of Buckingham

バッキンガムシャー州にある英国で唯一の私立大学。政府の補助金は受けていない。1973年に開校し、83年に大学の地位を獲得した。人文学、法律、薬学、教育、科学などの学部を有する。「インディペンデント」紙が2010年5月に発表した英国の大学のランキングでは、「生徒の満足度」「卒業後の就職見込み」「教師一人に対する生徒の数」の3部門で1位を獲得し、総合では115校中、20位にランクした。連立政権は、今後、同校のような私立校を増やしたい意向であることを示唆している。
www.buckingham.ac.uk

(猫山はるこ)

 

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