米国を揺るがした爆発事故から4カ月
反英感情を刺激するBPの原油流出
米南部ルイジアナ州の沖合約80キロのメキシコ湾で、4月20日、石油掘削施設が爆発し、大量の原油が流出した。地元民の生活やビジネス、さらには環境へと大きな影響を与えたこの原油流出によって、英国に拠点を置く国際石油資本大手BPが非難の矢面に立っている。今週は、原油流出事件のこれまでを振り返った。
世界の海洋における原油流出の主な事例
世界最大の流出 | 570万バレル
1991年(第一次湾岸戦争勃発)、クウェート |
世界最大の流出 | 490万バレル
2010年4~8月、メキシコ湾 (BPが操業する施設で事故) |
前回、メキシコ湾で発生した大きな流出 | 330万バレル
1979年、メキシコ湾 (イストク油田で事故) |
原油流出事件の経緯
2010年4月 | |
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20日 | 米ルイジアナ州ベニスの南東部から沖合約84キロのメキシコ湾に設置された石油掘削施設「ディープ・ウォーター・ホライズン」で爆発事故が発生。11人が死亡する。 |
22日 | 掘削施設が海底に沈む。 |
26日 | BPが深海ロボットを使って原油の流出を止めようとするが失敗。 |
30日 | 流出原油がルイジアナ州の海岸で確認できるようになる。オバマ大統領が米国内での新たな海底石油掘削作業の開始を禁止する。 |
2010年5月 | |
2日 | オバマ大統領が第1回目の現地視察。原油流出と清掃の責任は「BPにある」と発言。 |
8日 | 掘削施設に巨大な金属製の箱を置いて原油の流出を止める作戦を開始するが、失敗に終わる。 |
10日 | BPが流出部分にゴルフ・ボールや古いタイヤなどを詰め込む「ジャンク・ショート」作戦を開始。また金属製のドームを被せる「トップ・ハット」作戦の準備を開始。 |
19日 | 流出原油が米東岸にまで流れる可能性を海洋学者が指摘。 |
26日 | 安全弁に泥を流し込んで原油流出を止める「トップ・キル」作戦をBPが開始するも、3日後に失敗したと報告。 |
28日 | オバマ大統領が2回目の現地視察。 |
2010年6月 | |
2日 | 原油流出を巡り、BPに刑事責任を求めるための調査が米国で開始される。 |
4日 | オバマ大統領が3回目の現地視察。 |
14日 | 大統領が4回目の現地視察。 |
15日 | オバマ大統領が、テレビ演説で「BPに損害の支払いをさせる」と語る。 |
16日 | 原油流出で損害を受けた人を助けるための総額200億ドルの基金をBPが設置する。また株主配当金の支払いを今年は行わないと発表する。 |
17日 | 原油流出を巡る問題で、BPのヘイワード最高経営責任者が米下院の公聴会に出席し、質疑応答を行う。 |
22日 | 流出部分に泥を入れていく「スタティック・キル」作戦を準備中とBPが述べる。 |
27日 | ヘイワード氏が10月で辞任し、後任は米国人幹部ボブ・ダドリー氏になることをBPが発表。BPの第2四半期の決算が発表される。 |
(資料:BBC他)
BPの新旧CEO
現CEO: トニー・ヘイワード氏
イングランド南東部スラウ生まれ、53歳。大学卒業後BPに就職し、北海油田の拠点であるスコットランドのアバディーンを皮切りに、世界各国で働く。採掘・生産部門の責任者として名を上げ、前CEOのブラウン卿に実力を認められる。2007年、BPのCEOに就任。「安全性を最優先する」と就任時に述べた。メキシコ湾沖原油流出事件では、「早く自分の人生を取り戻したい」などといった自己中心的と思われる発言が相次ぎ、米国民の非難の的になった。今年10月に退職予定。
次期CEO: ボブ・ダドリー氏
BPの米国及びアジア担当の業務執行副社長。米ニューヨーク生まれ、54歳。石油会社アムコで働く。90年代はアムコのモスクワ支店で働き、98年にアムコがBPに買収された後、2003〜08年までBPとロシア系石油企業の合弁会社TNK-BPの社長。昨年からBPの経営陣の一員となる。6月からはメキシコ湾での原油流出問題の責任者として処理に当たっている。10月からヘイワードCEOの後を継ぎ、新CEOに就任予定。
原油流出事故で赤字に転落
4月20日夜、米南部ルイジアナ州沖のメキシコ湾内にある石油掘削施設「ディープ・ウォーター・ホライズン」で、大規模な爆発と火災が発生した。11人の作業員が行方不明となり(後に全員死亡と判明)、水深約1500メートルの海底に伸びる、破損した掘削パイプからは大量の原油が海中に流れた。この作業を委託していたのが、鉱区の採掘権を持つ英国際石油資本(関連キーワード参照)、BPだった。
ガスと原油の流出を止めるため、BPは海底油井の入り口に重液やセメントを注入する「トップ・キル」作戦を含む様々な措置を実施。8月上旬には流出をほぼ止めたが、その時点で既に約490万バレルの原油を流出させていた。BPによる事故の対策費用は61億ドル(約5210億円)に上り(8月9日時点)、原油事故関連で約321億ドルの特別損失を計上。2010年第2四半期決算では、純損益が、前年同期の黒字から171億5000万ドルの赤字に転落した。
非難を浴びる最高経営責任者の対応
この事件で特に槍玉に挙がったのが、まるでこの事故が他人事でもあるかのように、「早く自分の生活を取り戻したい」と発言した、BPの最高経営責任者を務めるトニー・ヘイワード氏の対応ぶりだ。オバマ米大統領が米テレビのインタビューの中で、「(自分がそうする立場にあれば)ヘイワードを解雇する」と発言し、反ヘイワード感情を煽った。さらには、ヘイワード氏が一時英国に帰国した際にヨット・レースを観戦していたことも不評を買った。
オバマ大統領は、BPに対しての厳しい態度を次第に硬化させていく。6月には、ホワイトハウスの執務室からの初のテレビ演説という貴重な機会を使って、被害を受けた地元民への補償に必要な資金を確保するようBPに求めた。翌日、BP幹部は年内における株の配当を見送ることを発表したが、これは大統領との長時間の会談の直後だった。
米国内での反英感情に発展
地元民や惨状を知った米国民、そして米国の政治家からの怒りの矛先は、BPだけではなく、BPが本社を置く英国にも向けられた。反ヘイワード、反BP感情が、次第に英国に対する不信感へとエスカレートしたように思えたのが、「リビア疑惑」だ。1988年に発生した米パンナム機爆破事件の犯人として、事故現場となったスコットランドで受刑中だった元リビア情報機関員が、昨年、病気を理由に恩赦となって本国に帰国した件があった。イングランド地方とは別の司法制度と議会を持つスコットランドの法曹界と政界の判断による恩赦・帰国だったが、一部の米政治家らが、「BPがリビアとの油田開発計画を進めるために、恩赦となるよう英政府に圧力をかけた」と主張するようになったのである。
そのほぼ1週間後、BPは、ヘイワード氏が9月末で辞任すると発表した。後任は米国出身のボブ・ダドリー現業務執行副社長であり、同氏の課題は何よりも企業イメージの回復と被害補償の対応になる。ルイジアナ州の被害地域の地元民や、同地での生活の糧を失った漁業を営む家庭にとっては、まだまだ心が休まらない日々が続くことになるだろう。
International Oil Majors
国際石油資本または石油メジャー。石油の採鉱、生産、輸送、精製、販売までを取り扱う、石油系巨大複合企業全体の総称。第二次大戦から1970年代まで世界の石油生産をほぼ独占していた7企業をイタリアの政治家エンリコ・マッティが「セブン・シスターズ」と呼んだ。70年代 以降、産油国が石油開発に経営参加、国有化を推進し、次第に7企業の独占は崩れた。7社は合併・合理化され、現在は「スーパー・メジャー」(エクソンモービル、シェブロン、BP、ロイヤル・ダッチ・シェル、トタル、コノコフィリップスの6社)と呼ばれる。(小林恭子)
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