国際テロ組織「アルカイダ」が勢力拡大か
揺れるイエメンと英政府の対テロ措置
昨年12月に発生した米デルタ航空機爆破未遂事件を境に、アラビア半島南端の貧困国イエメンに注目が集まっている。本年1月末には、英政府が「イエメン国際会議」を主催。日本を含む計25の国や機関の代表が参加し、国際テロ組織「アルカイダ」の勢力拡大が懸念されるイエメンに対しての包括的支援策等が協議された。
写真左)2009年12月末、アムステルダム発デトロイト行きの米デルタ航空機を爆破しようと試みたとされているアブドルムタラブ容疑者
イエメンの歴史
1839年 | 英国が南イエメンを植民地化 |
1918年 | イエメン王国(北イエメン)が オスマン帝国から独立 |
1962年 | 軍事クーデターによりイエメン王国が崩壊し、イエメン・アラブ共和国誕生 |
1967年 | 英領南イエメンが独立(イエメン人民民主共和国) |
1990年 | 南北イエメンが統一(イエメン共和国) |
1994年 | 旧南イエメン勢力が再独立を求めた結果、内戦が勃発 |
2000年 | サウジアラビアとの国境画定 |
2000年 | 南部アデン港で、アルカイダによる米艦コール襲撃事件発生 |
イエメンを取り巻く主な不安定要素
1. アルカイダとソマリア
2月1日、ソマリアのイスラム過激派組織「アル・シャバーブ」は、国際テロ組織アルカイダに忠誠を誓い、「アフリカの角」と呼ばれる同東端地域においてジハード運動を展開する方針を発表。1月1日には、アル・シャバーブ指導部がアルカイダ関連組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」への支援としてソマリアの戦闘員を派遣することを提案した。しかしAQAPは、今は各々の戦闘を完遂するべきと返答。現時点では、双方が戦略的な連携関係を構築する可能性は低い。
2. ビンラディンの影響力
1月24日、カタールの衛星テレビ「アル・ジャジーラ」は、アルカイダ本体の指導者オサマ・ビンラディンのものとされる「ウサマからオバマ(米大統領)へ」と題する音声声明を放送。ビンラディンはこの声明で、米デルタ航空機爆破未遂事件のアブダルムタラブ容疑者を賞賛する等、AQAPとアルカイダ本体の戦略的連携や、イエメンにおける自身の影響力の高さ等を示唆。ただし米当局等は、同人による米デルタ航空機爆破未遂事件への関与の可能性は低いとの見方を示している。
3. アデン湾と海賊、そして難民
近年、テロ問題とは別に、アラビア半島南端とアフリカの角に挟まれたアデン湾で海賊による被害が多発している。また国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、1998〜91年のソマリア内戦勃発以降、ソマリア難民は43万人を超え、うちイエメン国内の避難民は約16万人に上るとの見解を発表。最近になって、テロリストの侵入を恐れるイエメン当局が、ソマリア難民を証拠不十分のまま拘束する例が相次ぎ、既に500人以上がこの被害に遭ったとしている。
英政府による主な対テロ措置(2010年1月以降)
1月1日 | 同月27日のイエメン国際会議開催を発表 |
1月2日 | 米国と共にイエメンにおける総合対テロ支援表明 |
1月3日 | 在イエメン英大使館閉鎖 |
1月5日 | 在イエメン英大使館再開 |
1月21日 | イエメン首都サヌアからの直行便運行中止(イエメニア航空) |
1月23日 | テロ警戒レベルを「具体的な脅威」から「深刻な脅威」に引き上げ |
1月27日 | イエメンに関する国際会議主催 |
2月1日 | ヒースロー空港とマンチェスター空港の一部で、全身透視スキャナー の使用開始 |
イエメン発の「クリスマスの攻撃」
昨年12月25日、後に「クリスマスの攻撃」とも呼ばれる米デルタ航空機爆破未遂事件が発生した。米当局は、アムステルダム発デトロイト行きの同航空機内で、着陸約20分前にプラスチック爆弾の爆破装置を起動させ、小規模な爆発を発生させたナイジェリア国籍のウマール・ファルーク・アブダルムタラブ容疑者(23)を拘束。同容疑者は、爆発物を米国上空で爆破するよう、イエメンに拠点を置く国際テロ・グループである「アルカイダ」の関連組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」から指示されたと自供し、事件翌日には、そのAQAPが犯行声明を発出した。
同事件を境に、国際社会におけるイエメンに対する関心が高まっている。本年1月1日には、EU諸国の中で対イエメン支援最大のドナー国である英国が、テロ組織の隠れ蓑となる危険性があるとして同国に対する支援を拡充するとし、同月27日に「イエメン国際会議」を主催する旨を発表した。
容疑者は在英中に過激化か
今般の事件で逮捕されたアブダルムタラブ容疑者は、2005年9月〜08年6月の約3年間、ロンドン大学(University College London)に在学し、機械工学の学位を取得。イエメンのアミーリ副首相は、同容疑者がアラビア語習得のためイエメンに滞在した04〜05年の1年間に過激派との接点は見られなかったことから、05年の渡英後にイスラム過激派組織に加わったのではないかとの見方を示している。また同相は、09年8月に同容疑者が再度イエメンに渡航した際、イエメン系米国人でAQAPと関係を有するイスラム過激派アンワール・アル・アウラキ導師と面会した経緯があるとも伝えた。
一方の英当局は、同容疑者は08年に英国を出国しているため、その後滞在した湾岸諸国、又はイエメンで過激化したとの見解を示した。ただし同年、英当局が米当局に、同容疑者がロンドンでイスラム過激派と接点を持ったという情報を提供していたことも報じられた。
英国が講じる対テロ措置
1月27日にロンドンで開催された「イエメン国際会議」では、中東地域における最貧国イエメンに対する今後の長期的な改革支援策が決議された。ただ、05年のドナー国会議や06年の対イエメン支援国(CG)会合等、これまでにも同様の協議が開催されたが、その後の国際社会の理解と支援が不十分であった等、国際社会が抱える課題は多い。またイエメンは、石油生産量の低迷や、高い失業率と人口急増等の経済・社会問題を抱える傍ら、政府・部族間抗争や、ソマリアからの難民問題、AQAP勢力の拡大等、政治・治安面における難題にも直面しており、近年におけるイエメン情勢は悪化の一途を辿りつつある。
英政府は、既に英軍対テロ特殊部隊をイエメンに派遣し、米政府と共に、イエメン治安部隊によるAQAP掃討作戦を支援していること等から、今後イエメンが、イラク、アフガニスタンに次ぐ、新たなテロとの戦いの舞台になる可能性を懸念する声も上がっている。
AQAP (Al-Qaida in the Arabian Peninsula)
イエメンに拠点を置く国際テロ組織「アルカイダ」の関連組織で、日本語では「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」などと訳される。09年1月、サウジアラビアとイエメンの過激派が新過激派組織AQAPを発足させ、世界にアラビア半島を中心とするイスラム国家を樹立するためのジハードを展開する旨を表明。現在のAQAP構成員数は200〜300人程度とされ、06年2月にイエメンの首都サナアにある中央刑務所から脱走した過激派や、キューバにあるグアンタナモ刑務所の元拘留者などがメンバーに含まれると見られている。(吉田智賀子)
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