小林恭子の
英国メディアを読み解く

安倍元首相銃撃死 - 英国でも発生する政治家の殺害 民主主義の維持と安全性とのバランスをどう取るか

安倍晋三元首相が銃撃を受け、死去した事件は世界中で大きく報道されました。BBCは、銃を使った犯罪が極端に少ない日本でこのような事件が発生したことへの驚きを伝えています（７月8日付）。

英国でも政治家を殺害する事件が時折発生しています。1970～90年代は、英領北アイルランドで英国からの独立を求めて武力闘争を行ったアイルランド共和軍（IRA）やその分派によるテロ行為によって、保守党議員や北アイルランドのアルスター統一党議員が、宿泊先のホテルや車に仕掛けられた爆弾などで命を落としました。

2000年代になると、下院議員が地元選挙区の有権者と直接顔を合わせ、生活の悩み事などを聞く「サージェリー」と呼ばれる対話会の場所や、その近辺が主な攻撃の場所になっていきます。2000年、野党自由民主党のナイジェル・ジョーンズ下院議員（当時）が地元選挙区でサージェリーを開催中、有権者の男性が刀で切りつけてきました。議員は手と腕に重傷を負いながらも命拾いしましたが、補佐役の男性が刺し傷を負って死亡。犯行者は補佐役男性に対する故殺を認め、議員に対しては殺人未遂で有罪となりました。2010年、サージェリーの開催会場の外にいたスティーブン・ティムス労働党議員氏に女性が握手をしようと近寄り、議員の腹部を包丁で2度刺しました。議員は重傷を負いましたが、命はとりとめました。女性はイスラム過激主義に心酔し、イラク戦争開戦（2003年）を支持した議員に対し、抗議の殺傷を試みたのです。殺人未遂罪で有罪判決が出ました。

2016年6月、欧州連合（EU）からの離脱の是非についての国民投票が行われる数日前、労働党議員でEU残留派のジョー・コックスが殺害される衝撃的事件が発生しました。当時、離脱か残留かで国内の意見が真っ二つに分かれ、熱い議論が交わされていましたよね。コックス議員はイングランド北部バーストルの地元選挙区でサージェリーに向かう途中、極右主義に傾倒する離脱支持の男性による銃撃を受け、死亡。男性は殺人罪で有罪です。昨年10月には、デービッド・エイメス保守党議員が犠牲になりました。イングランド南東部エセックスの地元選挙区で行われるサージェリーの場所となった教会で、イスラム過激主義を信奉する男性に複数回刺され、死亡。男性は殺人罪とテロ法の下で有罪となりました。

議員の身辺警備はどうなっているのでしょう。議事堂前には武装警官が数人配置され、中に入るには訪問の目的を説明し、持ち物検査を通る必要がありますね。2015年12月から警備体制が厳格化しています。選挙区の警察に専門担当者を置く、議員の自宅や事務所に非常ボタンを設置する、窓ガラスや郵便受けを防弾にするなどが推奨されました。近年、プリティ・パテル内相はサージェリーを予約制にする、事前に参加者の身元を確認する、議員が一人で有権者と対応しないようにするなどを提案しています。

総勢650人の下院議員の歳費を管理する独立議会基準局（ISPA）によると、警備関連の出費は2015年度の約17万ポンド（約2800万円）から急激に増加し、20年度では約440万ポンド（約7億20000万円）に。内相はサージェリーの際に警官に警備を依頼することも提案しましたが、議員側は有権者が警備に委縮してしまうことを懸念し、広い支持が得られていません。選挙区での有権者との対話は「民主主義の基礎になる」（リンジー・ホイル下院議長）という考えが主流で、厳格な警備には反対の声が強いのです。一方、ロンドン警視庁の特別捜査班によると、2016年以降に同班に報告があった議員に対する犯罪行為のほとんどが「個人に対する攻撃、悪意ある通信」でした。

民主主義の維持と身の安全の確保とのバランスを取る困難な仕事に議員は直面しています。