ニュースダイジェストの制作業務
Fri, 26 November 2021

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

トランス問題でサセックス大学の哲学教授が辞任 - 「トランスジェンダー嫌い」とされ、抗議拡大

身体的な性別と自分が認識する性別が異なる人を指す「トランスジェンダー」、略して「トランス」という言葉が私たちの日常的な語彙(ごい)の中に入ってきました。性的少数者の総称「LGBT」(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)や、そのどれにも入らない性的少数者を示す「クイア」を入れて「LGBTQ」という言葉なども市民権を得てきましたね。

最近、トランスジェンダーについての考え方や大学での言論の自由の議論に一石を投じる事件が発生しました。先月末、イングランド南東部ブライトン近郊にあるサセックス大学で哲学を教えるキャサリン・ストック教授が一部の学生たちによって「トランスジェンダー嫌い」とされ、辞職を余儀なくされたのです。教授は自らの性認識が生まれつきの性より重要とは思えない、人は生物的な性を変えることはできないという持論を持っています。10月初旬以降、大学キャンパス内で教授の辞職を求める大掛かりな抗議運動が拡大し、ソーシャル・メディアでも教授を攻撃するメッセージが多発しました。教授の身辺の警備も必要となるほど抗議運動は過熱化。10月28日、教授の辞職が発表されました。闊達(かったつ)な議論が当然視される大学で、教員が威嚇行為によって口を封じられたとなれば、言論の自由の侵害です。辞職劇は衝撃を持って受け止められました。

2003年からサセックス大学で教鞭をとったストック教授は、「社会的・文化的側面からとらえた性に批判的なフェミニスト」と自己定義しています。人間の性は男性か女性かの二者択一であり、変えることができない生物学上の特質と考えるそうです。トランスの権利を認めつつも、多くのトランス女性は「男性器を持ち生物学的には男性」であり、「女性が脱衣するあるいは眠る場所に無制限に入れるようであってはいけない」、と発言。批判する人たちは教授が「トランス排除的」であると主張しています。

英国では性同一性に違和感を持つ人が法的な性を変更することを可能にする「性認識法」(2004年)が制定されており、数年前、医師などによる診断を基にしなくても性の変更ができるよう改正する動きがありました。トランスの人やその支持者にとっては好ましい方向に見えました。このときストック教授は改正に反対し、改正支持者から殺害予告を受けました。2020年、政府は改正しないことを決定しました。今年1月、教授は高等教育への貢献を評価され、大英帝国勲章第4位(OBE)を受勲するのですが、この時世界中の600人を超える学者が「トランスジェンダーを排除するような公私の発言」を行うストック教授への受勲に対する抗議の公開書簡を発表しています。

「フィナンシャル・タイムズ」紙の記事(11月5日付)は、今回の事件以前から、ストック教授のような考えを持つフェミニストの学者たちとトランスジェンダーの権利向上のための活動家たちとの間で「縄張り争い」が起きていたと指摘しています。後者の代表がLGBTQ支援のロビー組織「ストーンウォール」で、先の認識法改正の議論では医療診断なしに個人が性別を変更できる権利「自己ID」の導入を主張していました。

サセックス大学も政府閣僚も学問の場で言論の自由が保障されているべきという立場からストック教授を支援しましたが、教授は「高等教育の労組(UCU)サセックス支部が抗議者への支持を表明し、私と大学がトランスジェンダー嫌いであることを暗示した」とき、辞任を決意したそうです。「教育法」(1985年)によると、大学での言論の自由を保障する義務は大学側にある、とされています。下院では今、「高等教育(言論の自由)法案」が審議中で、保障義務を大学側に加えて学生の自治会に課すようになります。法制化された場合、大学で言論の自由が保障されなかったと感じた人が司法手段に訴える例が増えるのではないかと言われています。

キーワード

Trans(トランス)

身体的な性と自認する性が一致していない人を指す「transgender」の略語。政府推定では国内の20 ~50万人が該当。ある調査では41パーセントが差別を受けた経験があり、否定的な反応を避けるため、67パーセントがトランスであることを公表しない。パスポートや運転免許証など法的手段に訴えることなく性や名前を変更できることが多いが、法的変更は性認識法による。

 
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