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Fri, 19 April 2024

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第9回 アルジェリア人質事件 氏名公表の是非

第9回 アルジェリア人質事件 氏名公表の是非

プラント建設大手「日揮」の日本人関係者10人が犠牲になったアルジェリアでの人質事件は、北アフリカと南アフリカが不安定化し、国際テロ組織アルカイダ系組織が勢力を拡大している現実を浮き彫りにした。

僕は昨年6月末まで約28年間、産経新聞でお世話になったが、これだけの大事件で犠牲者の氏名が公表されないという事態に出くわしたのは初めてだった。ネットユーザーの約7割が、日揮の求めに応じて犠牲者の氏名を公表しなかった安倍政権の判断を支持した。

個人情報保護法の定着やインターネットの普及で「匿名」が当たり前になったという時代の変化もあるが、マスメディア内部で も「メディア・スクラム」と呼ばれる集団的過剰取材に対する反省が聞かれた。メディア・スクラムとは、テレビのカメラ・クルー や記者が遺族を追いかけ回す様子を言う。

 

英国では早い段階から犠牲者の遺族がテレビのインタビューに応じていた。これに対して、日本では当初、菅義偉官房長官が「ご家族の皆さんは動揺していて、(日揮は)そこだけは勘弁してほしいと言っている」として氏名を公表せず、犠牲者の人数のみを発表した。この政府決定に対してメディアの一部が独自取材で犠牲者の氏名を報じたことから、インターネット上で「遺族を商売のネタにしたいだけ」「氏名公表を望まない遺族の意思はどうなるのか」という書き込み が相次いだ。

氏名公表を求めた僕のブログにも批判が殺到して「炎上」に近い状態になった。災害取材では、棺の上に乗って写真を撮影したり、連絡船の遭難事故で乗船者名簿を記者が持ち出したり、遭難者を助けずに写真撮影を続けたりするなど、報道倫理が問題になることが昔からあった。しかし、その一方で、歴史の初稿を記録する記者への理解 は定着していたように思う。記者になったばかりのころ、「遺族や関係者が悲しんでいるときに取材で負担をかけていいのだろうか」という自責の念が「どうしてこんなに真摯に取材に応じてくれるのか」という疑問に変わり、やがて「伝える」という記者の役割に気付いた。世の中のニュースの大半は人の生死にかかわっており、歴史を正確に書き留めるためには遺族や関係者の取材が重要となる場合がある。

英国では石油大手「BP」がホームページで犠牲者の氏名や写真、遺族談話を公表。同社では、検視官による確認、遺族の同意を情報公開の社内基準としているため、公表のタイミングは外国政府の発表や地元メディアの報道の方が早かった。英外務省は表向き、犠牲者の氏名は非公開としたが、朝日新聞デジタル版は「(英外務省は)メール で報道機関に情報提供した」と報じている。

結局、日本では菅官房長官がメディアに押し切られる形で「政府の責任のもと」犠牲者の氏名を公表した。しかし、押し切った側である日本新聞協会のメディア・スクラムに関する見解を見ると、あまりの白々しさに愕然とする。

● 嫌がる当事者や関係者を集団で強引に包囲した状態での取材は行うべきではない。

● 通夜葬儀、遺体搬送などを取材する場合、遺族や関係者の心情を踏みにじらないよう十分配慮するとともに、服装や態度な どにも留意する。

日本では過剰報道には刑法の名誉毀損罪、民事上の名誉・プライバシー侵害に対する損害賠償請求という歯止めしかなく、報道被害は野放しにされてきた。同協会の見解で、一体何が守れるというのだろうか。

 

英国では1991年に新聞業界を中心とした自主規制機関「報道苦情処理委員会」(PCC)が設置され、活字メディアに対する苦情に対応してきた。英大衆日曜紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」の盗聴事件 でPCCの有効性に疑問符が付けられたが、PCCの報道基準には明確に「一度拒否されたら、質問を続けたり電話をかけ続けたり追いかけ回したり写真を撮ったりしてはいけない」と定められ、苦情の申し立てがあったときは厳格に審査される。日本新聞協会も第三者機関の設置を真剣に考える時期が来ているのではないか。

海外のプラントで夫が働いている女性から「誇り高き男たちをAさんで死なせるわけにはいかない」というメールをいただいた僕は、少しだけ勇気付けられた。

 

 
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参照:「サン」紙、「デーリー・メール」紙ほか

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