グラフで見る右肩下がりの英国経済
国立統計局が発表したデータを眺めてみると、確かに一目瞭然。GDP成長率、小売店売上高など経済の成長ぶりを示す数字が軒並み低下している一方、失業率のみが急上昇している。金利低下を背景に輸出が少しずつ伸びている感はあるが、低迷する国内売上を補えるほどではない。英国経済は今まさに、不景気の真っ只中にいることが分かる。
参考: 国立統計局
これまでに英国を騒がせた景気関連ニュース
2008年 |
2月22日
|
ノーザン・ロック銀行が一時国有化 |
10月8日
|
総額500億ポンドの公的資金を金融機関に注入することを政府が決定 | |
11月6日
|
陶磁器メーカーのロイヤル・ウースターが経営破たん | |
11月26日
|
小売大手のウールワースが経営破たん | |
12月23日
|
紅茶老舗ウィタード・オブ・チェルシーに経営破たん危機 | |
12月24日
|
CD・DVD 販売を手掛ける小売大手ザビが経営破たん | |
2009年 |
1月5日
|
老舗陶磁器ブランドのウォーター・ウェッジウッドが経営破たん |
1月7日
|
大手高級スーパーマーケットのマークス・アンド・スペンサーが、1230人の雇用削減を発表 | |
1月8日
|
イングランド銀行が主要政策金利を史上初の1%にまで引き下げ | |
1月9日
|
日産が英国サンダーランド工場で1200人の雇用削減を実施する方針を発表 | |
1月14日
|
銀行大手のバークレイズが、4600人の雇用削減を発表 | |
1月21日
|
2008年9月~11月の失業者数が1997年以降最高の192万人に | |
1月23日
|
国立統計局が、英国経済が景気後退入りしているとの発表を行う | |
1月26日
|
製鉄最大手コーラスが国内従業員2500人の雇用削減を発表 | |
2月1日
|
ホンダの英国スウィンドン工場が2~5月の操業を停止 |
景気が良くても悪くても、食べ物は必要。というわけで、安価な食品に対する需要が増えた結果、テスコやモリソンズといった庶民的なスーパー、アルディやリドルなどの安売りを前面に掲げるディスカウント・スーパーが軒並み売上を伸ばしているという。そうした風潮の中で、さらに徹底して安価なサービスを提供して売上をここ1年で一気に10倍も伸ばしたのが、「アプルーブド・フード」という、オンライン食品スーパーだ。
同店では、一般的な格安スーパーにおける値段のさらに半額程度の商品が販売されている。なぜそのような価格設定が可能になるかといえば、「賞味期限(Best Before Date)が切れた商品を取り揃えているから」。そう聞くと驚いてしまう人もいるだろうが、英国の食品標準庁の定義 によると、賞味期限切れの商品を口にすること自体に問題はないとされている。
牛乳や魚といった、いわゆる腐りやすい食べ物の食用可能期限を示したのが消費期限(Use by Date)。この消費期限切れの商品を食すれば健康を損なう恐れがあるが、対してもともと保存食などに対して使用される賞味期限は、健康というよりも品質の保証を目的としている。つまりこの期限を過ぎると若干食べ物の味が落ちたり、歯ごたえが変わってしまうことはあるが、健康そのものに悪影響を与えることはないのだそう。
例えばテスコにおいて2.55ポンドで販売されている750グラムのヘーゼルナッツ・チョコレート・クリームが、アプルーブド・フードでなら1ポンド。こうした激安商品に殺到する注文をさばき切れないために、ウェブサイトを一時閉鎖することが頻繁にあるという経営者のダン・クラダレイさんが、「賞味期限切れの食べ物が嫌と言う人は、テスコに行けばいい」と強気になるのも無理はない。
多くの日本人は「賞味期限切れ」の言葉に顔をしかめるかもしれないが、不況下の英国では、その商品で必要を満たしている人が多くいる。「勝てば官軍」という表現を体現したようなビジネスである。
Approved Food
イングランド北部シェフィールドにあるスーパーを母体とする、賞味期限切れの商品を主に扱うオンライン・スーパー。英国内における同種サービスの草分けとされている。
www.approvedfood.co.uk
「ポーンブローカー」という英単語を耳にしたことはあるだろうか。日本語に訳すと「質屋」のことで、確かに不景気でこそ活気を呈する業種である。
そのビジネス形態は、日本の質屋とあまり変わらない。主に宝石や車といった高価な品物を担保として、現金を一定期間貸し出す商売である。顧客が借金を期日までに返せない場合はいわゆる「質流れ」となり、担保となっていた商品を店頭で販売。また手数料を徴収した上で、小切手の即日換金を行うといった火急の金策に応じるサービスを提供する店もある。多くの場合が銀行の貸し渋りに悩む個人経営の商店や、またはそもそも銀行口座を開くことさえできない人の需要に応えるためのビジネスだ。
メディアや広告媒体などではあまり取り上げられることはないが、実はこの質屋業界が、不況下において急成長を遂げているという。その勢いを象徴するのが、1897年創業の老舗であり業界最大手のハービー&トンプソン。2008年には1年間の新規出店数としては創業以来で過去最多となる16支店を開業して、全国に105支店を構える大型チェーンへと成長を遂げた。業界全体でもここ数十年で業者数が約20倍に膨れ上がっているとされており、今や質屋は街中の至るところで見かけるほどありふれた存在となった。
この事実に目をつけたのが、シティの金融マンたち。新興株式市場AIM(Alternative Investment Market)に上場しているハービー&トンプソン社が1月中旬に、2008年の売上が予想をはるかに上回るとの見通しを発表すると、同社の株価は高騰。不況の影響が実経済に表れ始めた同年11月から今年初めにかけて、平均株価は実に約70%も上昇した。
世間からの注目は逃れながら、売上上昇を背景に次々と新規店舗を開店し、シティの金融マンを味方につけて株価も上昇。不況期にこそ左団扇の経営をできるのが、質屋ビジネスなのである。
Harvey & Thompson
英国最大手の質屋チェーン。1897年創業。質屋業に加えて、宝石販売やクレジット・カードの即日発行などのビジネスも手掛けている。
www.harveyandthompson.com
英国内の失業率が上昇する中、これまで英国経済を牽引してきた金融界でのリストラが特に顕著だという。そうした失職中の金融マンたちから再就職口として今最も注目されているのが、意外にも中等及び高等教育で科学を担任する教師。教員養成・研修機構(TDA)への理系科目に関する問い合わせは30%、登録件数は8%増加しており、そうした問い合わせのほとんどが元金融マンからのものなのだとか。しかも全国の学校側でも1年間でなんと6000人もの新規雇用を予定するだけの受け皿があるというのだから、今後シティから教育界へ人材の大移動が行われることになるのかもしれない。
そもそも、昨今の理系離れと割高な授業料から高等教育機関で科学を専攻する学生数が激減した結果、科学の知識を必要とする職は、常に人材不足に陥っていた。教職にあってはさらに事態は深刻なようで、理系科目を教える良き人材が不足することで、そうした科目そのものに興味を覚える生徒が少なくなり、科学教師の資格取得を目指す者はさらに少なくなる、という悪循環が生まれている。TDAの最高経営責任者を務めるグラハム・ホリー氏が言うように、「これまで科学の学位を持つ人々は、金融やITといった破格の高給を出す業界に就職する傾向が強く、教職に就く人は少なかった」ことも、理系科目における教師不足の一因になっていたのだろう。
そこに登場したのが、信用危機で大量にあぶれ出た求職中の元金融マンたち。彼らの多くが学生時代に理系科目を専攻していたので、まさに恰好の人材と目されたわけである。しかも長年の人材不足を理由として、政府は科学教師の人材誘致を目的として、研修参加のための奨学金9000ポンド(約117万円)、研修修了時のボーナスを5000ポンド(約65万円)提供、といった数々の手厚い施策を用意しているというから、心機一転を図る再就職口としてこれほど魅力的なものもそう多くないだろう。
国家の未来を形作る教育界に今、新たなエネルギーが注ぎ込まれている。
Training and Development Agency for School(TDA)
日本語名を教員養成・研修機構とする政府関連機関。英国の教育界における人材の養成や輩出を目的として、1998年に設立された。
www.tda.gov.uk
ウールワースやザビといったCD販売を手掛ける大手小売店が次々と経営破たんを起こす中、英国の音楽業界がこれまでにない活況を呈しているという。2008年のシングル楽曲が、過去最高となる1億1500万曲の売り上げを記録したというのだ。その主な理由はオンライン売上の成長。インターネットからのダウンロードによる売上が、前年比41.5%の驚異的な伸びを示している。
音楽業界はもう随分前からインターネットでの音楽配信サービスに乗り出していたが、技術開発の面で大きく出遅れ、利用率では違法ダウンロードの後塵を拝する有様だった。ところが英国では2008年7月にアップル社より発売された「iPhone 3G」といった新型携帯電話などの普及を背景に、市民の間でもオンラインで音楽を購入する習慣が定着したのだろう。CD売上減を補うには十分過ぎるほど多くの楽曲がオンライン上で販売されるようになった。
また旅行や外食といった出費のかかる行動を控え出す不況期には、家の中で気軽に楽しめる音楽鑑賞への需要が高まるという。英国の音楽業界を代表するBPIのジェフ・テイラー氏が言うように、「不況期の間はお買い得感を求めると同時に、喜びを感じるものを買う傾向にある。音楽とは、まさにそうした要素を満たした商品なのです」という分析にも説得力を感じる。
音楽業界にとってのさらなる朗報が、海外市場の成熟。今や国内のCD売上よりも、国外におけるテレビやラジオなどでの放送権料収益の方が規模が大きくなってきているのだとか。かつて英国人ミュージシャンたちが米国の音楽市場を席巻した際には、「ブリティッシュ・インベージョン」と表現されたが、今でも音楽は英国にとって売れ筋の輸出品なのだ。ちなみに海外市場では、同じ英語圏である米国、近隣諸国となるドイツ、フランスに加えて、日本での売上がその大部分を占めるという。同じく空前の不況にあえぐ日本は、英国の音楽業界の成長に大きく貢献しているのだ。
BPI
英国レコード産業界(British Phonographic Industry)を旧称とする機関。英国の音楽市場におけるレーベルの実に9割が同組織に名を連ねている。
www.bpi.co.uk