英国における大衆音楽の分野で、レコード・ジャケットが表現方法の一つとして重要視されるようになったのは、やはりビートルズ以降と言えるだろう。それまでは、バンドのメンバーがただ笑っているだけの写真を使ったものがほとんどだったが、ビートルズはまずセカンド・アルバム「With the Beatles」で、笑っていない4人を写した渋いモノクロームの肖像で新しい世界観を示した。以降、新作ごとに画期的な試みを取り入れ、とりわけ「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」は、ジャケットに初めて歌詞を載せたアルバムとして有名。ビートルズが打ち出した新しい表現は後世に多大な影響を与え、今でも何度となく模倣されている。
また、米西海岸に端を発するLSDカルチャーはサイケデリック音楽を生み、それに伴ってジャケット・アートも発展。英国では先に述べたビートルズ の「Sgt. Pepper's~」に影響が見られるほか、クリームはアルバム「Disraeli Gears」で、ボブ・ディランの作品などでも知られるマーティン・シャープを起用し、その音楽性をダイレクトに反映した圧倒的なカバーを完成させた。サイケデリック・ロックはその後、キング・クリムゾンなどに代表されるプログレッシブ・ロックへと発展し、ブリティッシュ・ロックの新しい分野を確立することとなる。
Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band (1967)
The Beatles
Disraeli Gears (1969)
Cream
In The Court Of The Crimson King (1969)
King Crimson
Abbey Road (1969)
The Beatles
Ogdens’ Nut Gone Flake (1968)
Small Faces
The Who Sell Out (1967)
The Who
70年代は音楽が産業として大きく発展した時代。さまざまなムーブメントが生まれ、スタイルが分化されていく。そしてロキシー・ミュージックやデヴィッド・ボウイに代表されるように、バンドやミュージシャンは自身のパブリック・イメージにこだわりを持ち、自らアート・ディレクションを手掛けるなど、アートワークや演出により重点を置くようになる。
それまでジャケット制作は、レコード会社の専属スタッフによりインハウスで行うことがほとんどだったが、この頃から独立系デザイナーを起用するバンドも出てくる。その代表格が、ストーム・ソーガソンが所属するデザイン集団、「ヒプノシス」に制作を依頼したピンク・フロイドだ(彼らはビートルズの次に「EMI」社から外部デザイナーの起用を許可されたバンドだった)。一方、ローリング・ストーンズは独自のレーベルを立ち上げ、その1作目として「Sticky Fingers」を発表。アンディ・ウォーホルがデザインしたジャケットが話題を呼び、以降もセンセーショナルな作品を次々と生み出していく。
また、70年代後半のパンク・ムーブメントは、そのDIY精神とともに多大なインパクトをもたらした。「パンクは過去100年の間に起こった数々の運動、たとえばロシアのアジプロ、ダダイズム、シュールレアリズム、シチュエーショニズムなどに根ざしたムーブメントの一つと捉えている」と語るアーティストのジェイミー・リードは、アンバランスな帯に新聞の見出しから切り取ったランダムな文字列を配したり、ユニオン・ジャック柄や安全ピンなどを用いたりして、時代のイコンとなったセックス・ピストルズのイメージを完璧なまでにグラフィックで表現した。
Wish You Were Here (1975)
Pink Floyd
Sticky Fingers (1971)
The Rolling Stones
Animals (1977)
Pink Floyd
Barrett (1970)
Syd Barrett
Some Girls (1978)
The Rolling Stones
Roxy Music(1972)
Roxy Music
Physical Graffiti (1975)
Led Zeppelin
Brain Salad Surgery (1973)
Emerson, Lake & Palmer
Do It Yourself (1979)
Ian Dury & The Blockheads
Never Mind The Bollocks, Here’s The Sex Pistols (1977)
The Sex Pistols
Go 2 (1978)
XTC
ポップ・スターが記録的ヒットを量産する一方で、続々と生まれた独立系レーベルが精力的な活動を展開した80年代。なかでもインディ・ムーブメントの担い手、ザ・スミスを送り出したレーベル「ラフ・トレード」の存在は大きい。そして同じころ、マンチェスターでは「ファクトリー・レコード」社が新たなムーブメントを生み出そうとしていた。同レーベルの専属デザイナーとして活動を始めたピーター・サヴィルは、ニュー・オーダーなどを手掛けて注目を集める。また、「4AD」社はヴォーガン・オリバーをデザイナーに迎え、独自の世界を築いた。個性がより生かされ、表現の幅もますます広がっていくなか、CDという新たなフォーマットの登場により、ジャケット・デザインは大きな転換期を迎える。
Low-Life (1985)
New Order
Welcome To The Pleasure Dome (1984)
Frankie Goes To Hollywood
Doolittle (1989)
Pixies
The Sky’s Gone Out (1982)
Bauhaus
Meat Is Murder (1985)
The Smiths
Bummed (1988)
Happy Mondays
マッドチェスター、ギター・ポップ、エレクトロニカなど、新ジャンルが次々生まれると同時に、CDが完全に主流となった90年代。大判のレコード・ジャケットに心を躍らせる人の数は圧倒的に少なくなった。反面、デザインのデジタル化も進み、今までとは全く異なるアプローチの表現が可能となったうえ、ブックレットという形の12センチ四方のアートが新たに生まれたことも事実だ。コンピューターの普及なども手伝って、バンドのメンバーが自らアートワークを手がけることも珍しくなくなった。
2008年夏、ピーター・サヴィルは「アルバム・カバーの時代は終わった」と発言。音楽ダウンロードが一般的になり、価値観が変わりゆくなかで、ジャケット・アートは今後どう変化を遂げるのだろうか。
Screamadelica (1991)
Primal Scream
Dubnobasswithmyheadman (1993)
Underworld
Mezzanine (1998)
Massive Attack
You Could Have It So Much Better (2005)
Franz Ferdinand
Kid A (2001)
Radiohead
Hey! Venus (2007)
Super Furry Animals
世にパロディものは多々あれど、ビートルズほどその対象となったバンドはないだろう。かなりの数のパロディが出回っている 「Abbey Road」をはじめ、彼らのジャケットでコピーされなかったものはないとまで言われているほどだ。例えば米国の覆面前衛芸術集団、The Residentsのファースト・アルバム「Meet The Residents」(写真左)は、「Meet The Beatles」からデザインとタイトルを借用。EMI がこれに憤慨して告訴すると騒いだが、実はジョージとリンゴはこれを気に入り、自ら購入したという噂だ。ほかに「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」などもよくパロディ化されている。写真右はその一枚、80年代のガレージ・コンピ盤 「Graveyard Stomp」。
(写真提供:Nick Collins)
ロキシー・ミュージック「Country Life」、R・ストーンズ「Beggars Banquet」(写真左) など、猥褻、悪趣味、冒涜表現などで物議を醸し、デザイン変更を余儀なくされたカバーは、後にコレクターズ・アイテムとなって高値で取引されていることが多い。例えば写真の通称「ブッチャー・カバー」、ビートルズの「Yesterday And Today」(同右)。白衣を着たメンバーが解体された赤ん坊の人形と肉片を手に微笑む姿は、あまりに不気味で制作意図を疑うが、背景には彼らの意思を無視したレコード会社への反抗などの理由があった様子。しかしやはり悪趣味すぎるため、発売後、回収されて別カバーに変更。オリジナル盤には相当な高値がついている。
(左写真提供:Nick Collins、右写真提供:Satori K)
Mudhoney
Nick(「All Ages Records」オーナー)
80年代の終わりごろ、地元のリーズである日、なじみのレコード屋の前を通りかかったら、このジャケットが目に飛び込んできたんだ。思わず「うわっ!なんだよこれ!」って。即買いして家で聴いたら、これまたブッ飛んじゃってさ。忘れられない体験だね。
Gorilla Angreb
Ayako(「All Ages Records」スタッフ)
ジャケットはいつも、写真よりイラストの方に惹かれますね。これはロンドンで見つけたデンマークのバンドのシングル盤なんですが、インパクトのある絵と色合いが好き。実はTシャツも持ってます。残念ながら、このバンドはもう解散しちゃったんですけどね。
Stupids
Philippe(音楽プロモーター)
英国のハードコア・バンドなんだけど、イラストがまずいいよね。さらに裏面のスケボーしてるメンバーの写真を見て気に入って、音を聴いたらやっぱり好きだった。この1枚で彼らのことを知って、過去のアルバムも遡って全部聴いたよ。
VA
Etsu(グラフィック・デザイナー)
90年代後半に雑誌でノーザン・ソウルの記事を読んで興味を持ち、大阪のレコード屋で購入。見た瞬間「音もいいはず!」と思ったのを覚えてます。実際、全曲当たりで踊れる曲が満載でした。いつか本場英国のシーンを体験したいという気持ちも芽生えましたね。
The Blind Oneeyed Is King
Mika Vainio
Taigen(「BO NINGEN」 Vo.&Bass)
フィンランドでPAN SONICっていう音響ユニットを知ったんですが、Mikaはその1人なんですね。後日、ロンドンであるアーティストのライブに行った時、会場でこれを発見。写真も一目で気に入って購入しました。いろんな意味で、聴く時間を選ぶ作品ですね。
Urusei Yatsura
Russell(ミュージシャン)
自分が音楽をやるきっかけになったバンドなんだ。18歳の時にジョン・ピールのラジオで聴いたのが初めての出会い。以来、ライブに通って、そのうち彼らの活動を手伝うようにまでなって。ジャケットもみんなカッコいいんだけど、これは特にお気に入り。
The Kooks
Lono(音楽コーディネーター)
写真に惹かれてジャケ買いしたら、音も良くてライブもサイコー!私自身、しばらく音楽業界から離れていた時期だったんですが、彼らのライブを見に行って業界に戻る決意を固めました。しかも私、街でよく彼らに会うんですよ。不思議な縁を感じますね。
Funkadelic
Aruta(変態絵描き)
アルバム・ジャケットのアートワークには自分自身、すごく影響を受けてます。これはカムデンのレコード屋で見つけて即買い。もともとCDで持ってたんですが、この絵はやっぱり大きいサイズで持ちたいと思って。カオスな感じがたまりませんね。
Super Furry Animals
Chinami(グラフィック・デザイナー)
デビュー当時から音は好きだったけど、この、ピート・ファウラーが手掛けた2作目のジャケにハートを射抜かれちゃって!以来、大ファンになって、毎回新作が出るのを心待ちにするほどでした。SFAの音ともピッタリで、最高のコラボだったと思います。
Short Bus Window Lickers
Pasty(パンク・ロッカー)
実はこれ、友達のバンドなんだけどね。ジャケットに使ってるのは道端に落ちてた手袋なんだよ。ほら、よく見るとあちこち汚れてるんだけど、いい味出してるだろ?音は一言でいうとストリート・パンク!ちょっとバカげてて、これまたサイコーなんだ。