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Thu, 18 April 2024

アンダーグラウンドならではのドラマ
芸術作品を守り、作品を生んだ地下鉄

1863年の開業以来、ロンドンの地下鉄は多くの人々を目的地に運んできた。戦時中はエア・レイド・シェルターとして活用されたが、ここで助けられたのは人間だけではなく、金銭に代え難い貴重な美術品も含まれていた。さらには地下鉄構内に避難した人々の素顔を描き、戦争のリアルを伝える記録作品の題材にもなるなど、戦時中の地下鉄におけるストーリーは数多い。ここでは、暗いアンダーグラウンドの世界で起こった、英国美術史の重要なエピソードを紹介しよう。

1946年2月、ピカデリー・サーカス駅から護衛警官によって持ち出される美術品1946年2月、ピカデリー・サーカス駅から護衛警官によって持ち出される美術品

作品が隠された場所

ロンドン地下鉄が開業して約150年が経過しているが、これまで多くの駅が開設される一方、いくつもの駅が閉鎖されてきた。利用客の減少、新駅との吸収合併など理由はさまざまだが、その中の一つがロンドン中心部のストランドにあった、オールドウィッチ駅(Aldwych Station)だ。1907年当初はピカデリー線の「ストランド」という駅名でオープンし、主に近隣のシアターを訪れる客を狙った駅だった。しかし、不幸にも開通当時から利用率は悪く、廃駅になるまで何度も閉鎖の候補駅に挙げられていた。また駅の構造にも問題があり、複数の企業がトンネルなどの建造許可を政府に別々に申請し、それらを統合して造った路線だったため、とにかく乗り入れが複雑で構内もごちゃごちゃしていたという。使いやすさを求めて構内を整理した結果、閉鎖されたプラットフォームやトンネルが生まれ、これらが後に美術作品の保管場所として活用されていく。

美術作品がズラリと格納

第一次世界大戦時は、使用されなくなったオールドウィッチ駅のプラットフォームにロンドンのナショナル・ギャラリーから300点ほどのコレクションが運ばれ、独空軍の爆撃から守られた。また、第二次世界大戦時は、アテネのパルテノン神殿から持ちさられ現在は大英博物館所蔵となっているギリシア彫刻群、エルギン・マーブルが保管された。

地下鉄のトンネルは基本的に湿度が高く、また洪水の危険性もあったことから決して美術品の保管に適した環境ではなかった。水に強い素材の作品であれば保管できるという理由により、総重量100トンを超えるエルギン・マーブルが1948年の冬まで地下で保管されていた。ちなみにエルギン・マーブルが展示されていた大英博物館のギャラリーは爆撃で大きなダメージを受けたので、移動させて正解だった。

1948年、ようやく地上へ出たエルギン・マーブル1948年、ようやく地上へ出たエルギン・マーブル

同駅以外にもロンドン中心部のピカデリー・サーカス付近のトンネルは、テート・ギャラリーやロンドン博物館の所蔵品の保管場所になっており、「アラジンの洞窟」と呼ばれた。

国のお抱えアーティストとなったヘンリー・ムーア

当時の地下鉄をテーマに作品を制作したアーティストもいる。20世紀に活躍した英国を代表するアーティストの一人、ヘンリー・ムーア(1898〜1986 年)は、今でこそ彫刻家として知られているが、戦時中は政府戦争芸術家諮問委員会(The War Artists Advisory Committee(WAAC))に選ばれた戦争画家として活躍した。

政府の目的は、ここで生まれた作品を通じて自国の対外的なイメージ操作を行い、同時に国民の士気を高めることだったが、WAACの会長で当時ナショナル・ギャラリーの館長でもあった切れ者、ケネス・クラークの目的は違った。第一次世界大戦で多くのアーティストが犠牲になった教訓に基づき、アーティストを戦争から公式な方法で遠ざけること、同時に戦時下に生まれた作品を英国の芸術作品として後世に残すことを、お堅い政府の名の下に秘密裏でやってのけたのだ。

地下鉄のダークな一面を描く

政府のお抱え画家となったムーアが頻繁に取り上げたのは、ロンドンの地下鉄だった。ムーア自身、1940年9月にロンドンの自宅を爆撃され、地下鉄に逃げ込んだ被災者であり、目立たないようにスケッチ・ブックを携えて地下に降り、黙々と市民の様子を描き続けた。同じ境遇の人々を見て、「今までの人生でこれほどまでに大勢の人が横たわっているのは見たことがない。地下鉄のトンネルすら、自分の彫刻作品の穴のように見える」と語ったという。ムーアの作品はどれも闇に沈んだような暗いトーンで描かれており、名もなき市民の鬱々とした姿を今日に伝えている。

1940年のヘンリー・ムーアの作品「Women and Children in the Tube」1940年のヘンリー・ムーアの作品「Women and Children in the Tube」

 

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