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Thu, 28 March 2024
福川伸陽

ホルンという楽器の可能性を
極限まで追求する音楽家
福川伸陽

ホルンというのはオーケストラではおなじみの金管楽器だが、単独で聴く機会は意外に少ない。そうしたなか、2019年1月に気鋭の日本人ホルン奏者の福川伸陽氏がロンドンの名門ウィグモア・ホールに登場、ソロ・ホルンの多様な可能性を追求した野心的なプログラムでデビュー・リサイタルを飾る。ロンドンに留学の経験もある福川氏は、現在NHK交響楽団の首席ホルン奏者を務めながら、ソリスト、また室内楽奏者としても多彩な活動を展開し、注目を浴びている。そんな福川氏にホルンとの出合い、楽器の魅力、そして本リサイタルについて話を伺った。
(インタビュー・文: 後藤菜穂子)

Nobuaki Fukukawa 神奈川県出身。2008年に第77回日本音楽コンクール・ホルン部門第1位受賞。2013年からNHK交響楽団首席ホルン奏者。ソリストとしては、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団、京都市交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、N響メンバーによる室内オーケストラ、横浜シンフォニエッタ、兵庫芸術文化センター管弦楽団、東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団ほかと共演している。日本各地や米国・欧州などに数多く招かれており、「べネチア・ビエンナーレ」を始め、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」「東京・春・音楽祭」など多数の音楽祭にもソリストとして多数出演。ソロCD「Rhapsody in Horn」シリーズがキングレコードより発売中。

ホルンとの出合い

中学生のときに吹奏楽部でホルンを始めたそうですが、幼少のころから音楽に親しんでいたのでしょうか。

音楽好きの父親のもとに生まれ育ったので、幼いときからクラシック音楽は結構聴いていました。父がかけていたLPレコードで、米作曲家ルロイ・アンダーソンやモーツァルト、ロマン派までひと通り聴いて育ちました。

ピアノは4歳から習い始めました。記憶にはないのですが、ピアノを習いたいと自分で言ったようです。当時はヤマハの音楽教室に通っていましたが、練習はあまり好きな方ではなく、ある程度は弾けるようになったものの中学受験をきっかけにやめてしまいました。

中学の吹奏楽部では本当はトランペットをやりたかったけれど、志望者が多くて、ジャンケンで負けてホルンになったと聞きました。そのときにお父様がホルンの魅力を教えてくださったそうですね。

はい、当時好きだった映画音楽の影響でトランペットがいいなと思っていたため、それまでホルンという楽器を注意して聴いたことがありませんでした。ホルン担当が決まったとき、「ホルンならこんな曲もいいよ」、と父が色々なクラシックの曲を聴かせてくれたのです。今でも覚えているのは、マーラーの「大地の歌」やモーツァルトのホルン協奏曲。それを聴いて本当に色々な音がする良い楽器だなと思いました。

福川さん 中学の吹奏楽部でジャンケンに負けたことがホルンを選ぶきっかけになったと語る福川さん

ほどなくホルンにのめりこんでいかれたのですか。

そうですね。楽器を始めて数カ月もたたないうちに自分でモーツァルトのホルン協奏曲の楽譜を買って吹いていました。友だちにピアノで伴奏を弾いてもらって。実は吹奏楽のホルン・パートというのは目立つソロもさほどなくて、あまりやりがいがないんですよ。たぶん吹奏楽だけだったら途中で飽きていたと思います。だから自分でホルンのソロの曲を吹いていました。例えば、音が良く響く学校の階段の踊り場でソリスト気分で吹いてみたり(笑)。楽しかったですね。

ホルンを本格的に学ぶようになったのはいつでしょうか。

中学3年生の終わりごろに、ホルン奏者の丸山勉さんのリサイタルを聴いて感動し、サイン会に並んで弟子にしてくださいとお願いして、レッスンを受け始めました。そのころから、自分も上手になって音楽で食べていけるようになれたらいいなと思うようになったのです。

ただ、ピアノもそんなに好きではないし、勉強も長続きしない。日々練習しなければならない音楽家のような職業には向いていないのではないかと、その当時両親から言われました。後から聞いた話では、音楽好きの父親は内心うれしかったようなのですが、僕が怠けやすい性格であることを知っているので、表向きは簡単には賛成してくれなかったですね。それを思うと、今の僕は本当によくホルンを練習しています。練習しない日があるとすごく罪悪感がありますし、家族旅行にも楽器を持って行き、練習できないとそわそわします(笑)。

その後、東京の音楽大学に進まれましたが、中退して20歳でオーケストラのオーディションに受かり、プロの音楽家としての道を歩み始めます。もし音楽家になっていなければ、どんな道に進んでいたと思いますか。

音楽家でなければ、考古学者になりたかったです。これは米映画の「インディー・ジョーンズ」からの影響ですが(笑)。考古学にはロマンがあると思います。数少ない証拠から、当時何があったかを推測するというのはおもしろい職業ですよね。考えてみればクラシック音楽も、作られた当時の曲がどんな風だったか、少ない資料から想像して自分の中で作品を組み立てていくので、その点では考古学にも通じるものがあるかもしれません。

レパートリーを
広げるということはすごく大切

福川さんは、日本フィルハーモニー交響楽団の首席ホルン奏者を経て、現在はNHK交響楽団(N響)の首席ホルン奏者を務めていらっしゃいますが、その一方でソリストとしての演奏活動にも力を入れておられますね。

オーケストラに入ってからもソロや室内楽は絶対続けたいというのは、大学生のころから思っていました。80人~100人のオーケストラの一員として演奏するのも素晴らしいのですが、その一方で僕は、職人的な奏者にはなりたくなかったのです。オーケストラでは指揮者がいるので、どうしても主体性が少なくなります。ですから、オーケストラと同時に、室内楽やソロを車輪の片方としてやっていかないと、音楽家としてつまらなくなってしまう、ということを感じていました。

ホルン奏者には、トランペットやトロンボーンほど知られたソロ奏者がいないようにも思うのですが、有名なホルン奏者といえばどんな方がいますか。

伝説的なホルン奏者といえば、英国人のデニス・ブレイン(1921年~1957年)が挙げられますが、残念ながら若くして自動車事故で亡くなってしまいました。今回のロンドンでのリサイタルでは、ブレインのために書かれた作品も取り上げます。

ホルン奏者は割合い保守的な人が多いためか、「現代音楽がすごく得意なホルン奏者」というのは少ないのです。これは自説なのですが、トランペットやトロンボーンに比べて、協奏曲や室内楽曲など、それなりにソロのレパートリーに恵まれているので、新しい曲に挑戦しようという気持ちがあまり生まれないのではないかと思っています。でも僕自身はレパートリーを広げるということはすごく大事だと感じていて、現代の気鋭の作曲家たちに積極的に委嘱活動をしています。

金管楽器というのは唇への負担が大きいので、練習時間が限られると聞いたことがあるのですが、ホルンはどのくらい練習するものなのでしょうか。

1日3時間が限界と書いてある教則本もありますが、個人的には3時間では足りないと思います。オーケストラのホルン奏者だけの方はそれでも良いかもしれませんが、例えば今回のリサイタルでも演奏する藤倉大さんの曲をマスターするには1日3時間の練習では足りないです。ソロ・リサイタルというのは、2時間近くずっと1人で吹かなければならないので、そのためのスタミナ作りも重要です。

ホルンを演奏する上で男女差というのはありますか。

差はあると思います。女性は豊かで大きな音が出しづらい傾向があり、逆に男性は小さくて美しいフレーズを出すのが苦手なことが多いので、一長一短ですね。日本ではまだ女性奏者はオーケストラに採用されにくい傾向はありますが、最近では神奈川フィル、名古屋フィル、山形交響楽団などで女性奏者が活躍し始めています。世界的にはベルリン・フィルのサラ・ウィリスさんやロンドンのオーケストラにも上手な女性奏者がいますし、これから増えていくだろうと思います。私自身、教えるときはもちろん平等に扱いますし、上手な子がいたら男性でも女性でもうまく育っていってほしいですね。

ロンドンの留学時代の思い出

福川さんは10年ほど前にロンドンに留学されていたそうですね。

はい、2006年~2007年に、日本のオーケストラから1年間お休みをもらい、当時ロンドン交響楽団の首席ホルン奏者だったデービッド・パイアット先生(現在はロンドン・フィルの首席)のレッスンを受けに行きました。留学中はレッスンのほかにも、ワレリー・ゲルギエフ指揮のロンドン交響楽団の演奏会にも参加させて頂き、ロンドンのオーケストラを実地で経験することもできました。また、あれだけ演奏会やオペラ、博物館や美術館に行ける時間というのはそれまでなかったので、本当に楽しい留学生活でした。

パイアット先生からはどんなことを学びましたか。

パイアット先生に師事したのは、彼がオーケストラだけではなく、ソロや室内楽でも活躍していて、僕自身もソロもオーケストラもできる奏者になりたいという目標を持っていたからです。彼からはオーケストラで吹くときにはこういう音を出すべきだ、ということも教えてもらいましたし、また協奏曲ではどんなことを大事に考えながら演奏しているかなども学びました。僕もたくさん質問しましたし、たくさん答えてもらいましたね。

その当時はロンドンのどちらにお住まいでしたか。家でホルンの練習はできましたか。

地下鉄ノーザン線のウッドサイド・パークに住んでいました。アイルランド人の大家さんを、「僕は将来世界で1番上手な奏者になるんだから、僕に貸しておけば後に自慢の種になりますよ」と騙して借りたのです(笑)。試しに大家さんの前で吹いてみて、家で練習しても大丈夫と許可をもらえたので、心ゆくまで練習できました。

昨年は、現在所属されているN響の海外公演でロンドンにいらっしゃいましたね。

ええ、本当に久しぶりのロンドンでした。ロイヤル・フェスティバル・ホールでマーラーの「交響曲第6番」を演奏したのですが、相変わらずロンドンのホールの音響はドライだと感じました(笑)。でも実はホールの音響がドライだからこそ、ロンドンのオーケストラのホルン・セクションは柔らかくて豊かな音をしているのです。ホールの響きに頼れないから、自分たちでそういう音を作り出しているんですね。そうやってオーケストラのサウンドというのは作られていくのだと実感しました。1月に演奏するウィグモア・ホールはとてもすばらしい音響なので、その心配はありませんが。

ロンドンでの初リサイタルについて

1月にはロンドンの名門ウィグモア・ホールで初のリサイタルを行いますが、プログラムについてお聞かせください。

今回のプログラムは、英国及び僕と繋がりのある作品というコンセプトで組み立ててみました。前半はホルンのみで演奏、後半はピアノ伴奏でお贈りします。

まずは英国の20世紀を代表する作曲家ベンジャミン・ブリテンの「セレナード」の「プロローグ」で幕を開けます。ブリテンの「セレナード」は本当に英国らしさのある名曲です。その次に英国在住でこれまでも何度もコラボレーションをしている藤倉大さんの最新作「はらはら」を演奏します。後半はホルン・ソナタを2曲。ドイツの作曲家パウル・ヒンデミットのソナタは、先ほど述べたホルンの名手デニス・ブレインが得意とした曲です。アカデミックな面白さがあって、英国で勉強してから良いレパートリーだと思えるようになってきました。英国の作曲家ヨーク・ボーエンのソナタは普段なかなか取り上げられない曲ですが、ピアノとホルンが対等な構成で、内容もしっかりした曲です。既に日本で何回も演奏していますが、英国の聴衆の前で演奏させて頂くのをとても楽しみにしています。

ホルンという楽器の可能性を極限まで追求したエキサイティングなプログラムだと思います。リサイタル、本当に楽しみにしています。ありがとうございました。

福川伸陽ソロもオーケストラもできる奏者を目指してきた

ホルン豆知識

ホルンの形状 金管楽器のホルンは、複雑に曲がりくねった管を持ち、音の出る円錐状に開いた部分(ベル)が後ろ向きについているのが特徴。その形は19世紀に、狩猟時に馬上で吹く角笛から発展した。角笛のベルは後方の仲間に音が届くよう後ろ向きになったといわれるが、それを利用したホルンは、ステージの後ろの壁に反射した音を観客に聴かせている。そのため、ホールの奥行や壁の材質に大きな影響を受ける。

ホルンの魅力 1つの指使いで20余りの音が出せるホルンは、世界で1番演奏が難しい楽器としてギネス・ブックに掲載されているそう。唇のわずかな開け閉めや、ベルに入れる右手の使い方一つで、暖かな音から金属的な音まで幅広い音域が出せる。その万能振りに、独作曲家のシューマンはホルンを「オーケストラの魂」と呼んだそう。

ロンドン公演

Nobuaki Fukukawa Horn Recital
福川伸陽(ホルン)、竹沢絵里子(ピアノ)

2019年1月5日(土)13:00開演
チケット: £18(学生 £12)

会場: Wigmore Hall
36 Wigmore Street W1U 2BP
最寄駅: Bond Street

チケットお問い合わせ先
Tel: 020 7935 2141 
https://wigmore-hall.org.uk

コンサートに関する問い合わせ先
エイベックス・クラシックス・インターナショナル
www.avexrecitalseries.com

プログラム

ベンジャミン・ブリテン: セレナード 作品31より「プロローグ」
藤倉大: はらはら *英国初演
細川俊夫: 小さな花
オリヴィエ・メシアン: 「峡谷から星たちへ」より「恒星の呼び声」
イェルク・ヴィトマン: Air
狭間美帆: Letter from Saturn
パウル・ヒンデミット: ホルン・ソナタ
ヨーク・ボーエン: ホルン・ソナタ

※止むを得ない事情により曲目・曲順等が変更になる場合がございます

 

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