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Sat, 20 April 2024

西邨まゆみさんインタビュー

「She keeps me happy, and healthy」。 世界のスーパースター、マドンナが絶賛し、絶大な信頼を寄せている日本人女性がいる。マドンナ家に住み込み、一家の台所を仕切るプライベート・シェフ、西邨まゆみさんだ。最近は日本のメディアからも声がかかるようになり、また新しい家族も増えて(昨年10月、マドンナがアフリカから養子を迎えたのはご存じの通り)多忙な日々を送る西邨さんが、スケジュールの合間を縫って本誌のインタビューに応じてくれた。(取材・文: 武智 陽子、インタビュー写真: 佐藤 友子)

「私のシェフは日本人よ」。2005年末、マドンナが8年ぶりの来日時に出演した日本のテレビ番組でこんな発言をし、注目を浴びた。

48歳の「ポップの女王」の、年齢を超えた完璧な肢体、驚異的な行動力や強靭な精神に、普段どんな生活をしているのかと興味が沸くところだが、彼女が実践するのは「マクロビオティック」という生活法である。このマクロビオティック(通称マクロ。最近の日本ではマクロビと呼ばれることも)の基本とされるのが「正しい食事」であり、その食事を毎日彼女と彼女の家族のために作っているのが西邨さんだ。

ピンチヒッターからお迎えシェフへ

「そもそもマドンナの家で働くようになったきっかけは、まだ赤ん坊だった彼女の長男の離乳食作りだったんです。普段の住み込みシェフが10日間、休暇を取る際の代理を探していて。私は当時クシ・インスティテュート(米国にあるマクロの教育機関)で料理講師をしていたので、ほんの短期出張のつもりで」。

アレルギーのあった息子の体質改善のため、マクロに興味を持ったマドンナが、数多くの代理シェフ候補の中から西邨さんを選んだのは、「実際に自分の子をマクロで育てた経験があったのが私だけだったからかも」と西邨さん。そう、彼女は22歳の娘と18歳の息子(現在2人とも米国で生活中)の母でもあり、自身のマクロ歴でもマクロでの子育て歴でも、マドンナの大先輩なのだ。

そしてその後、西邨さんがマドンナ一家のレギュラー・シェフとして再採用されたのは、西邨さんがマクロビオティックに関して、ベテランでありながら、非常にフレキシブルで現代的な考え方を持っていたからではないかと思われる。

マクロビオティックとは?

ここで「マクロビオティックとは何か」について、簡単に説明しておこう。

マクロビオティックとは、古代ギリシャ語の「macro」(大きな)、「bio」(生命の)、「tic」(方法)を合わせた造語で、言葉通り「長く有意義に生きる方法」を指す。その方法とは「宇宙の法則に従って生きること」であり、これを実践するには「正しい食事」が最も重要であるというのが基本概念だ。この言葉を最初に使ったのは、桜沢如一(1893〜1966)という日本人だが、その理念は古代からある中国の陰陽説や、仏教の「身土不二」(人間の体は生まれ育った土地と切り離せないもの)の考えに基づいている。反戦活動家であった桜沢は「世界平和は食生活を改善すれば実現する」と信じ、自論を広めるにはまず西洋からスタートすべきと考えて活動の拠点をパリに置き、弟子を各国に派遣した。その弟子の1人、米国に渡った久司道夫氏が現地でマクロをさらに体系的に整理し、大学や国連に研究機関が置かれるほど重要な地位に押し上げる。久司氏はノーベル平和賞候補に上がり、マクロの食事法は米政府の「国民に推奨する食事法」に認定された。

具体的にどんな食事法か。基本は前述の陰陽の法則と身土不二。万物には陰と陽の性質があり、食べ物も然りであるから、陰陽のバランスを考えた食事が大切と考える。日常の食事は、玄米や雑穀、野菜、豆、海草が中心。砂糖、化学調味料、乳製品、肉は避け、なるべく自分の生活する土地の近くで穫れた有機栽培の食材を使う。つまり伝統的な日本の食事スタイルに近い。さらに具体的に「何をどのくらい食べたらよいか」については、14ページをご参考に。

運命の出逢い

話を西邨さんに戻そう。

彼女がマクロと出逢ったのは約25年前。愛知の三河湾に浮かぶ小さな島で育ち、将来は実家の旅館の経営を手伝うつもりで名古屋にある短大の商業科へ進むが、実は勉強が好きでなく、学校をサボりヒッピー仲間とたむろする毎日。60年代に米国西海岸で始まったヒッピー文化 —— 体制を嫌い自由を愛し、精神世界に傾倒し、自然志向に走る、といった若者文化の影響を日本の若者も受けていた時代だ。その仲間の1人と恋に落ち、米国の大学に進んだ彼が一時帰国した際に結婚、卒業後の本帰国を待ちながら遠距離新婚生活をスタートさせた(2002年に離婚)。この夫が米国でマクロにハマる。そして彼の絶賛する桜沢如一の著書を日本で読んだ西邨さんも同様に「ハマった」。

「実際にマクロの食事を試して体調が変わったことも事実ですが、それ以上にこのマクロというのは、私が幼い頃から抱いてきた、自分は一体どこから来たのか、とか、人はなぜ戦争をするのか、といった疑問に答えてくれる気がしたんです」と西邨さん。夫の留学していたボストンに、久司道夫夫妻の経営するマクロの学校(クシ・インスティテュート)があると聞き、これは天の定めとばかり、即荷物をまとめてボストンへと旅立った。

チョコレートに衝撃

マクロの学校に入るにはまず英語が必要とボストン大学の語学コースをとったはいいが、貯金が底を尽き始め、途方に暮れていた頃、久司道夫氏の書生と親しくなった夫に付いて久司家に遊びに行ったのを機に、一家の住み込み料理人の座を得る。

「ちょうど前の料理人が辞めて、新しい人を探していて。ハイ、私料理できます! って。料理なんて自己流でやっていただけなのに、無謀ですよね(笑)。ついでに、一生懸命働く代わりに久司先生の学校で勉強させてもらう、というさらに無謀な約束までとりつけました」。

かくして、西邨さんの本格マクロ生活がスタートする。

「アメリカのマクロ見て何がびっくりしたって、チョコレートを使っていたこと。私、日本では桜沢先生の本に従って、和食を基本にした厳格なマクロをやってましたから。それに何というか、食べ物を制限してストイックに生きることに変な憧れがあったので、アメリカのマクロ実践者が、楽しそうにチョコレート・ケーキを食べているのを見て、衝撃を受けました」。だが考えてみれば、そのケーキにはマクロで不要な食べ物とされる砂糖や乳製品は入っておらず(甘味にはメープル・シロップや米飴を使用)、マクロの原則に背いてはいない。伝統的な食事スタイルがなかった米国だからこそ、和食に近いマクロの食事を抵抗なく受け入れたが、同時に伝統に縛られない柔軟性も持っていた。また実際、桜沢如一が理想とした食材が「すべて簡単に手に入るわけではない」という事情もあった。だから原則は守りながら、自分たちに合った形でマクロを実践していたのだ。

このことが後の西邨さんのマクロのスタイルに大きな影響を与えることになる。その後香港生活も体験し、現在はマドンナ一家と共にロンドンをベースにしているわけだが、それぞれの地で、それぞれの人や、時代に合ったやり方があると考えるようになった。

「最初にマクロが提唱された頃と世代は完全に変わっています。生活が慌しくなり、女性が社会に出るようになった今、昔と同じように料理をするには無理があります。それに食事情も豊かになって、昔の教科書にある料理だけでは飽き足らない。特にマクロの食事は和食が基本なので、外国人にはそのままだと続けにくいの」。

マクロでは1日1杯の味噌汁を奨励しているが、日本人なら毎日飲んでも飽きない味噌汁も、外国人だとそうはいかない。だから西邨さんは味噌汁にコリアンダーなどのハーブを入れ、新しいスープにしてしまう。誰かがどこかで食べたイタリアンがおいしかったといえば、マクロ式でソックリ料理を作る。食事の後に必ずデザートが必要な西洋人のために、砂糖を使わなくてもおいしいお菓子を考案。そのお菓子に、マクロでは推奨されていない卵を「ま、たまにはいいじゃない」と入れてしまうことも。つまり前述の通り、彼女のこの「フレキシブルで現代的なマクロ」に、西洋人のマドンナは惹かれたのではないだろうか。

ちなみに西邨さんは、ガン患者の食事指導にも長く携わった。大病という絶望を抱えている人に、少しでも楽しい食事を、と考えてきた経験がまた、このまゆみ流マクロにつながっているのかもしれない。

女性は実践的、男性は論理的

西邨さんの、マクロに対する柔軟な考え方は、彼女が最近頻繁に受ける質問への答えにもなっている。それは「マクロは一般人には続けにくいのではないか」という質問だ。

マクロが一般に興味を持たれるようになった理由の1つに、マドンナを始め、トム・クルーズ、シャロン・ストーンといったセレブがこぞってマクロを賞賛したということがある。美や健康に人一倍気を遣う彼らがやっているのだからいいに違いない。だが同時に、こういったセレブは大抵専門のシェフを雇える、つまり経済的余裕のある人たちでもあるから、実はマクロは手間もお金もかかるものなのではないかと。

けれども西邨さんのように、いろいろなマクロのやり方があるのだと考えれば、この疑問は解消する。

「セレブのようにできる人はやればいいし、できない人はできる範囲でやればいい。揃えられる材料を揃えればいいし、時間がなければ手抜きもアリ。頑張り過ぎて続かないより、頑張り過ぎないで続ける方がずっといい。『宇宙の法則に従って生きる』というのは、シンプルに生きる、ということ。気楽にやりましょうよ。それにセレブは生活の都合上シェフを雇っているけれど、本当は他人に料理を任せるのでなく、自分や家族など、近い人のために料理を作ることが大切なの。日々の体調の変化を読み取って調整できるから」。

女性の方が男性より実践的、ということも西邨さんは強調する。逆に男性は女性に比べ論理的。「陰陽の法則で、女性は陰性、男性は陽性が強い、ということにも関係してくるんですけど。桜沢先生や久司先生はマクロを論理的に整理することでその素晴らしさを広めたから、女性である私の役目はそれを実践しながら、時代に合わせて変えていくことかな、と。これはマクロに限らずすべてに言えること。学問でも組織でも体制でも、男性が確立してきたものが多いけれど、それを体験しながら改良していくのは、女性の方が得意なはず。女性の皆さん、どんどん前に出ましょう!」。

ただ1つのゴールを目指して

マクロと出逢い、その道を進むと決めて以来、西邨さんが目指してきたものはただ1つ、「マクロを世界に広げて、人類の平和を実現させる!」。マクロの父、桜沢如一の夢をそのまま継いでいる。途方もなく大きな夢に思えるが、西邨さんは、着実に一歩ずつ前進している。マクロを勉強し、今度はそれを教える立場になり、我が子の通う学校でマクロ・ランチを販売する、ということもやってのけた。マドンナのシェフになったのは「有名人に実践してもらうことで、マクロが一層広まることを期待して」。2005年末には初の著書を出版。次のステップは、と聞くと「そうね、マドンナのおかげで私も少しメディアに注目してもらえるようになったので、便乗して(笑)あと数冊本を出したいです。それから、今まで食が専門だったけれど、マクロのもっと根本的な『宇宙の法則』について、英語で講義してみたい。そうそう、自然農法も普及させたいので、指導できる人たちと1年ごとに、必要とされる国を移動していくのもいいわね」……とプランは尽きない。

これからも世の中は変わっていくから、西邨さんのたどるルートも、それに合わせて変わるのだろう。けれどもどんなルートをたどろうとも、「人類の平和」という最終ゴールはもちろん、変わらないはずだ。

撮影協力: The Montcalm Hotel Nikko London

西邨(にしむら)まゆみ
1956年生まれ。82年に渡米し、マクロビオティックの世界的権威である久司道夫氏の元で学ぶ。83年よりクシ・インスティテュート・ベケット校の設立に参加、開校後同校の料理講師及び料理主任に就任し、同時にガン患者への食事指導も行う。2001年マドンナの世界ツアー、ガイ・リッチー(マドンナの夫で映画監督)のヨーロッパ撮影ロケに参加以来、マドンナ一家のプライベート・シェフとして、ロンドン、ロサンゼルス、ニューヨークを中心に、彼らに付き世界中を駆け巡る。05年12月に初の著書「小さなキッチンの大きな宇宙」を上梓、日本での講演やメディア出演なども増えてきた。

「この世にあるすべての物や事象は、陰と陽の性質を持つ。完全な陰、完全な陽、完全な中庸(陰と陽の中間)は存在しない。1つの物の中にも陰の部分と陽の部分が存在し、その構成は時間の流れとともに絶えず変化している」。これは古代中国の陰陽論を基にしたマクロの原則。では陰陽それぞれの性質はというと、以下の表の通り。

食べ物の陰陽はと言うと、例えば陰性が強いものとして砂糖、バター、化学調味料、ソフトドリンク、陽性が強いものとして肉類、卵、チーズなどが挙げられる。体が陰や陽に偏りすぎると病気になるので、なるべく中庸に近い玄米や野菜類、豆類を中心とした食事をしましょうというのがマクロの食事法。この陰陽のバランスと栄養を考慮して、何をどれぐらい食べたらよいか、ということを示したのが、「マクロビオティック標準食」の図。円をお皿に見立て、1食分の食べ物の割合を考えると分かりやすい。

米国や最近の日本ほど、まだマクロがポピュラーではない英国。食材を揃えるのも難しいのでは? と思いがちだが、「私は近所で、何の苦もなく買い物しています」と西邨さん。本来は自分の住まいの近所で獲れた、オーガニック食材を使うのが理想だが、「それにこだわって食材の種類が少なくなってしまうよりは、こだわりすぎないで種類をたくさん揃えるほうがいいですね」。ちなみに西邨さんがよく買い物するのは以下の場所。

 

「野菜、魚などその度に買うナマモノは、あまりローカル栽培やオーガニックにこだわりすぎなくていいけれど、料理の基本となる調味料、主食の穀物、乾物などは、必ず『いいもの』を使ってほしいですね」。毎日使うものだけれども1度買えば長期保存できるから、買える時に買っておけばOK。

  • 塩: 精製していない海塩。グレーっぽいものより白い色のもの。サラサラタイプよりしっとりタイプ。
  • 酢: 玄米酢。梅酢でもよい。
  • 梅干し: 無添加、オーガニックのもの。ペーストでもよい。
  • みそ、しょうゆ: 昔ながらの製法で作った無添加のもの。
  • 玄米、雑穀、そば、うどん、パスタなどの主食: オーガニック素材、麺類は全粒粉で作ったもの。
  • しいたけ、海草、豆類などの乾物: オーガニックのもの。
  • メープル・シロップ、ブラウン・ライス・シロップ: どうしても甘いものがやめられない、という人は砂糖代わりに。

もっとマクロビオティックを知りたい人に、西邨さんがお勧めする本。

<マクロの理念を知る本>

  • 「新食養療法」桜沢如一 日本CI協会
  • 「マクロビオティック健康法」久司道夫 日貿出版社
  • 「マクロビオティック入門」久司道夫、増田忠士(構成)かんき出版

<レシピを含む本>

  • 「Modern-Day Macrobiotics」Simon G. Brown, Carroll & Brown Publishers
  • 「The Hip Chick's Guide to Macrobiotics」Jessica Porter, Avery Publishing Group

<西邨さんの半生とマクロの基礎が分かる本>

  • 「小さなキッチンの大きな宇宙」西邨まゆみ、武智陽子(構成)カナリア書房

病気でなければ健康? 病気なら不健康?— マクロでは、健康の条件として以下の7つを挙げている。マクロを実践していない人にとっても、これは大いにうなずけるところがありそうだ。あなたも自分に照らし合わせて考えてみては?

  • 疲れないこと(疲れを感じてもすぐに回復できること)
  • 適度な欲求を持つこと
  • よく眠ること(長時間ではなく、深く短く眠れること)
  • 良い記憶力を持つこと
  • 腹を立てないこと
  • 朗らかで、機敏であること
  • 感謝の気持ちを忘れないこと
 

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