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早稲田アカデミー 夏期講演会 in ロンドン
Sun, 09 August 2020

第43回 湖水地方に観覧車はダメですか。

北海道の富良野地域は、日本でも指折りの景観を持つ。なだらかな丘陵地帯がどこまでも続き、実に美しい。麦畑やジャガイモ畑、それに、菜の花、ヒマワリ、ラベンダーなどの花畑も続く。見ようによっては、南仏や英国の湖水地方のようでもある。

今の時期、丘陵地帯は雪に埋もれている。それがまた、凛として、鮮やかだ。

その丘陵地帯に観覧車を建設する計画が、進行中だという。計画地は上富良野町の深山峠。国道沿いにあって、丘陵地帯と十勝岳連峰が見渡せる。「絶景」というにふさわしく、私もよく車で訪れた。

計画では、今春の雪解け後、高さ50メートルの観覧車を建設する。すでに資材は現地に運び込まれ、雪の下で出番を待っているそうだ。

あんな自然景観の優れた場所に、観覧車がふさわしいのだろうかという疑問は消えないが、事業会社の社長さんは、ホームページ上で、こう書いている(一部略)。

「オホーツクにて360度流氷という景色を見たら人生観が変わったという話を聞いたことがあるのですが、観覧車に乗って360度丘陵の風景を上から見て頂く、丘がうねっている上を雲の影が流れて行く景色を見て頂くことは、それに負けないと信じております」

「人口も観光客も経済活動も、あらゆるものが縮小していく当地において、それらを何もせずに受け入れること、子供達に受け入れさせることはできないと考えます。何かをすることに責任が伴うことは当然ですが、何もせずに生じる結果に対しての責任も存在する。その場合の責任は誰が負うこともありません。そうであればこそ、することによる責任を負う決断をしたのであります」

そして、社長さんは、英国屈指の観光施設ロンドン・アイに言及し、こんなことも書いている。「ロンドンなどは、景観保持には最も保守的な街の一つですが、ロンドン・アイという130メートルの観覧車ができました。みんなで大切に育んでいる景観を、ここから見てもらおうという視点の創出という発想です」

地元では、建設反対の会ができ、賛否入り乱れて議論が続いている。業者は失敗すれば速やかに観覧車を撤去するという。

それでも、私は富良野に観覧車は要らない、と思う。社長さんはロンドン・アイを引き合いに出しているが、大都市と自然豊かな地域とでは、意味合いがまるで違う。富良野での観覧車建設は、湖水地方に造るのと同じようなものだ。仮に英国でそんな計画が浮上すれば、全英から非難が寄せられるだろう。それに、ロンドンは欧州屈指の観光都市である。富良野とは、観光客の数も圧倒的に違うのだ。

もっとも、一方では、計画反対を強く言い切れない自分もいる。

地域が衰退を余儀なくされているのは事実だし、この先も流れは変わるまい。優れた景観を生かして、地域づくりの新たな方向を目指す人々が、大勢いることは確かだ。しかし、そうした動きが、地域の将来とどう繋がっているのかが明確でないことも、また確かだと思う。そこに、「地域のいらだち」はある。

20年近くも前の話だが、私は富良野地域のある自治体の「裏会計」問題を取材した経験がある。

バブル景気に乗った、リゾート・ブームの時代。東京の開発業者の巨額資金を自治体がひそかに預かり、役場側が自在に使っていた、という内容だ。地方自治法などに反する行為であり、取材にも熱を入れた。

その際、役場で1人の職員に会った。30歳前で、背が高く、しゃれたスーツを着こなしている。大学卒業後、Uターンしたという。その彼から、こんなことを言われた。

「札幌や東京には映画館も劇場もある。大きなショッピング・センターもある。いい服を着て出掛ける場所もある。ここは何もないんです。田舎は死ぬほど退屈で、仕事もない。富良野は都会と同じものを欲しがっては、いけないんですか。景観保全だとか、いろいろ言うのもいいけど、じゃあ、その人はこの先ずっと、ここに定住してよ、と言いたいです」

あれから長い月日が流れた。

けれども、彼、そして彼らの単純な問いに対する答えは、私も、都会に住む他の多くの人々も、まだ持ち合わせていないように思う。

 
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高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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