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早稲田アカデミー 夏期講演会 in ロンドン
Sun, 09 August 2020

第3回 神々は細部に宿る。

BBCテレビのニュース番組を見ながら、強烈な「デジャビュ(既視感)」に襲われていた。昨年秋のことだ。

預金を引き出そうと、顧客が銀行の店先に長い行列をつくる。不安なはずなのに、大声で騒ぎもしない。整然と並び、しかし、並ぶ人は増え続ける……。

住宅金融大手の「ノーザン・ロック」の取り付け騒ぎである。簡単に言えば、米国の低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローンの焦げ付きが相次いで発生。それが大陸側欧州や英国の金融機関に飛び火し、ノーザン・ロックの経営不安も一気に噴き出した、という内容だ。

「北海道拓殖銀行」という銀行をご記憶だろうか。若い人は、たぶん知らないだろうと思う。明治時代、北海道開拓のための銀行として、国がつくった銀行である。戦後は都市銀行になり、ロンドンに支店を構えるほどになったが、10年余り前の1997年秋に経営破綻した。

破綻の日は忘れもしない。

前夜の11月16日にはサッカーW杯のアジア最終予選がマレーシアで行われ、全国がテレビ中継にくぎ付けだった。日本がイランを破って史上初出場を決めると、テレビはサッカーで一色になった。そんな中、記者の間で「拓銀が明日破綻を発表するようだ」という情報が飛び交った。

翌朝、破綻の記者会見では、よく知る役員や幹部たちが「申し訳ない」と頭を下げ続けた。それを見届けて街へ。すると、拓銀の各支店に長い行列ができていたのだ。午前9時の開店前から長い行列ができ、30分後に200人を超えた店もあった。

多くの人は押し黙っていたが、行員が「預金は全額守られます」と声をからしても、行列は減らない。この雰囲気も、ノーザン・ロックの行列とよく似ていたと思う。

ノーザン・ロックの経営不安が表面化する3カ月ほど前、パーティーの席で、シティの金融街で働く資金ディーラーと少し議論になった。

バブル絶頂期とその後の金融不安を取材した経験などから、私は「英国経済はバブル崩壊の寸前。間もなく、銀行破綻も出てくると思う」と持論を展開した。一方の彼は「ロンドンはニューヨークを抜き、世界一のマネー・センターだ。世界中からカネが集まり、リスク回避の技術や手法も飛躍的に進歩した。金融不安など当分は発生しないだろうし、景気失速も考えられない」と言う。

彼の言うとおりかもしれない。何しろ、彼は専門家である。日本銀行や財務省の担当記者だったとはいえ、こちらは、素人同然だ。ただ、素人なりのカンはあった。

バブル絶頂期、邦銀が世界中に進出していたころ、銀行幹部たちは、シティの彼と同じように「リスク回避の方法は格段に進んだ」と言い、邦銀の権勢が半永久的に続くかのように語っていた。「金融」と「コンピューター」が合体したとして、「ハイテク金融」といった言葉も盛んに使われていた。経済指標が悪化を始めても、銀行マンの自信は容易に揺るがなかった。

拓銀破綻の数年後、元幹部と東京で会ったことがある。やり手だった彼は、不動産会社に再就職し、法人相手の営業を手がけていた。

「拓銀時代は、まじめに仕事してたんだよ。組織がおかしくなっていく感覚は確かにあった。でも、目の前の、日々の仕事の内容が劇的に変わるわけじゃない。そしてね、気付いたら、あーっていう感じさ。どうしようもなかった」

内部にいる者にとって、その組織の「異常」は簡単に自覚できないのだ。大組織であればあるほど、職務は細分化されているから、自分の仕事をまじめにこなしていれば、それなりに時間は過ぎていく。

ただ、彼はまだ幸運だった。同じようにひたすらまじめに働いていた多くの職員は、思うように再就職ができずに長く苦しんだ。

変わらないものは、ない。ものごとは、いつか必ず変わる。問題は、流れ作業のような日々の中で、輪の内側に身を置きながら、変化の潮目に気付くかどうか、なのだ。

「神々は細部に宿る」という。目をこらし、耳を澄ませ、神々の変化に気付けば、世の中のいろんな不幸は少し減らせるかもしれない。

そう思いませんか。

 
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高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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