第115回 コレラから人々を救ったペイズリー
贈り物でもらったペイズリー模様のハンカチ。この不思議な模様は植物を表すのか、ミドリムシやゾウリムシを表すのか、その由来は遥か遠く新バビロニア王国のナツメヤシにさかのぼるとも。ペイズリーとはもちろん、スコットランドはグラスゴーの近郊、繊維業で栄えたペイズリー市のことです。東インド会社がインドのカシミール地方から持ち込んだショールを真似て機械織りショールを作り出したところ大ヒットしました。
ペイズリー模様
19世紀初頭、ペイズリー市の繊維工場では、染めた繊維を洗う大量の清澄な水を必要としていました。工場で洗浄係をしていたジョン・ギブは、近くのクライデ川が降雨のせいで濁っても河原の湧き水が澄んでいることに気が付きます。それならばと、川から工場に水を引き、礫層と砂層を通して水をろ過する装置を設置して澄んだ水を手に入れました。彼はこの水を樽に入れて町中に売ったそうで、これが近代水道の発祥と言われます。
チェルシー水道会社
この浄水施設を視察したのが、ロンドンにあるチェルシー水道会社のジェームズ・シンプソン。彼は全国の浄水場を回り、緩速ろ過方式(砂層の表層部に繁殖している微生物の活動を利用して浄水する方法)を発明します。例えば、田んぼに散布した農薬が流出しにくいのは、土壌の中の微生物が活躍して毒物を分解するからです。緩速ろ過のため池には無数の小生物が生息し、病原菌まで食物連鎖で駆除する生態系が作り出されます。
ソーホー地区にあるパブ、その名も「ジョン・スノウ」
19世紀のロンドンは、産業革命がもたらした繁栄を謳歌する一方、汚染や公害に頭を痛めていました。当時、コレラは原因不明で最も恐れられていた病気。ジョン・スノウ医師は、汚染したテムズ川の水が原因ではないかと考え、水道会社から給水を受ける地区とコレラ患者の統計分析を始めます。そしてソーホー地区ブロード・ストリート(現ブロードウィック・ストリート)のコレラは同地区の井戸が原因と究明し、多くの人命を救いました。
チェルシー水道会社の跡地には、グロブナー運河と高級フラット
スノウ医師の統計表は、下流で給水する水道会社の水の方が上流で給水する水道会社の水よりもコレラの感染リスクが高いことを示していました。その後、実は上流の水道会社が緩速ろ過方式を採用していたことが、感染率の低い理由だと判明します。そうそう、日本初の近代水道は横浜に創設されましたが、その浄水場には英国の緩速ろ過方式が導入されました。でもその際、ペイズリー模様のモデルとなったミドリムシやゾウリムシが水質浄化に貢献しているとは教えてくれなかったようです。
パブ近くにある、ソーホー地区の コレラ流行の原因となった井戸跡地