第61回 聖ルカ教会と印刷と気になる指紋
「次の演奏会まで預かりますね」と気軽に引き受けたのは、優雅で荘厳なバロック音楽を奏でるダブル・ハープ。自分の身長より大きいバッグに詰められた楽器が自宅に運び込まれてきました。メソポタミア文明が起源とされるハープも時代とともに進化しているそうで、バロック音楽の演奏会場はバービカン・センターに加え、シティとその周辺にある聖ボトルフ教会、聖セパルカ教会、聖ルカ教会など、建物が古くて大きい教会ばかりです。
1733年に設立された聖ルカ教会
特に、聖ルカ教会はロンドン交響楽団の拠点の一つで、シティからやや北に位置し、多くの演奏会が開かれます。建物正面にあるのは、ウィリアム・カスロン親子の墓。
ウィリアム・カスロン親子の墓
彼らは活版印刷の職人として、同教会近くで18世紀に活躍しました。彼らの発明したフォントは現在でも用いられ、米国独立宣言書のフォントに利用されたことでも有名です。実はこの教会、紙幣の印刷とも深い関係があります。
この教会のそばに一時期、聖ルカ病院がありました。世界最古の精神病院とされる聖ベツレヘム病院が満杯になると、1751年、300人収容可能な精神病院として聖ルカ病院が設立。1916年に閉鎖されますが、堅固な建物の造りが紙幣印刷の安全に役立ったのか、イングランド銀行の印刷所として生まれ変わります。しかし第二次大戦の空爆で損傷。印刷所はロンドン北東部デブドンに移り、建物自体は1963年に解体されてしまいます。
聖ルカ精神病院(1751-1916)
現在もイングランド銀行の紙幣はデブドンにあるデ・ラ・ルー社という印刷会社が行っています。同社はケニア、スリランカ、グアテマラ、マケドニア、フィジーなどの国の紙幣も印刷していますが、元々はトマス・デ・ラ・ルーがこの教会近くで印刷とカード製作の会社を創業したのが始まりです。1831年には、トランプ・カードの王室御用達に指定されており、現在のトランプのデザインは同社にさかのぼることが出来ます。デ・ラ・ルー家のお墓もこの教会にあります。
デ・ラ・ルー社製が現在でもトランプの図柄の基本
東京・築地の聖路加国際病院は、聖ルカ=医師の聖人から命名されましたが、スコットランド人医師が1875年に創った築地病院がその発祥です。創立者の医師、ヘンリー・フォールズは友人のエドワード・モースと大森貝塚を発掘しますが、土器に残された指紋に興味を持ち、指紋研究の第一人者になります。冒頭の話に戻り、ハープ奏者は指にタコが出来るそうで、聖ルカ教会でハープ演奏を聴きながら指紋が気になるのは寅七だけでしょう。
フォールズは拇印と縄文式土器から指紋鑑定を考案